(PIXTA=写真)

「上司が評価してくれない」「やりがいが見出せない」「気持ちが安らがない」……。2500年前の教えをもとに気鋭の僧侶が古くて新しい悩みに答える。

■「あなたのため」という「偽善」をやめてみる

●お金、親のこと、子育て。夫婦喧嘩ばかりで疲れる。
●家族のちょっとしたふるまいに、ついイライラしてしまう。
●子どもが反抗ばかりして、言うことを聞かない。

喧嘩やイライラといった「怒り」もまた、仏道における根本煩悩の1つであり、幸福感を一瞬にして破壊する毒素です。怒りは不快な感情で、できれば喧嘩などしたくない、イライラしたくないと誰もが思っているはず。けれども人はつい怒りに駆られてしまいます。まずはそんな怒りがなぜわいてくるのかを、脳の仕組みから見てみましょう。

そもそも他人への怒りは、「自分は正しい、正義だ」と思うところから生じます。この「正義=justice」という語は、justから派生したもの。justとは「公平」であり、秤の均衡が保たれていることを意味します。そして人間の脳は天秤が釣り合わないことを大変に嫌うもの。

私たちはよく、「責任は向こうにあるのだから、謝るのは向こうだ」とか「自分はこれこれのことをしてあげたのだから、感謝されるべきだ」などと腹を立てます。これはいわば被害への補償や投資への見返りが足りないことへの憤りで、つまり天秤が釣り合わないときに怒りがわいてくるのです。ご大層な正義うんぬんではなく、単に脳が認知的不協和にイライラしているのにすぎません。

人は、自分は「正義、善」で、相手は秤の均衡を乱す「悪」だと思いたがります。しかしそう考えたところで何の利益もなく、怒りは自分にとって強いストレスになるだけです。「善と悪」の敵対関係をつくり、相手を憎んだり攻撃したりすることで天秤を釣り合わせようとしても、結局怒りは脳内でノルアドレナリンなどの不快物質を分泌させ、自らの心身にダメージを与えます。

ブッダは「他人からのどんな仕打ちや嫌がらせよりも、怒りが自分自身に与えるダメージのほうがはるかに酷い」と語っています。怒ることで最も損をするのは、ほかならぬ自分自身です。

そして自分の怒りは表情や口調などを通じて瞬時に相手に伝染し、相手を怒りで染め上げます。すると相手からイライラした反応が返ってくるために、自分もより怒りを募らせ、さらに脳内で不快物質が分泌されてダメージをひどくするという悪循環にも陥ります。それとは逆に自分が相手の怒りに対して冷静でいられるのなら、相手の怒りを次第に鎮めることができるはずです。

揉めごとに悩まされないためには、まずは怒りを生み出す脳の仕組み、カラクリに気づくこと。怒りとは所詮、天秤の不均衡に基づくものであると見抜きましょう。そうして怒りが自分自身に与えるダメージについて考えるようになれば、気の持ちようが変わります。

自分が人に何かをしてあげたとき、そこで天秤の均衡がとれるべき=感謝されるべきと思っていると、相手はかえって感謝したくなくなることも知っておくといいでしょう。人は恩着せがましい態度には無意識的に反発します。なかでも「あなたのためにしてあげた」というような「偽善」はとくに嫌うもの。

親が子どもに意見したりするときにも、よくこの「あなたのため」が使われますが、子どもの反抗を招くもとです。親は「あなたのため」と言いながら、自分でも気づかないうちに「子どもに自分の言うことを聞かせたい」「自分の思いどおりにしたい」という支配欲にとらわれていたりします。

子どもは敏感ですから、そうした偽善はすぐに見抜いて反発し、言うことを聞きません。子どもには、言葉を取り繕うのではなく正直に、たとえば「私はあなたにこうしてほしいと思っている」「こうしてくれないと、私がストレスを感じる」などと話したほうが通じやすいでしょう。これは相手が大人でも同じ。自分の本音をさらけ出したほうが、人との信頼関係を築きやすいものです。

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ブッダの言葉

君を嫌っている敵が
君に対してする酷い仕打ち、
そんなものは
大したことじゃない。
君を憎む人が君に対してする
執拗な嫌がらせ、
そんなものは大したことじゃない。
怒りに歪んだ君の心は、
それよりもはるかに
酷いダメージを
君自身に与えるのだから。

(法句経42)*『超訳 ブッダの言葉』013

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※記事中「ブッダの言葉」は、すべて小池龍之介編訳『超訳 ブッダの言葉』(ディスカヴァー刊)による。

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月読寺住職・正現寺住職 小池龍之介
1978年生まれ。東京大学教養学部卒。2003年、ウェブサイト「家出空間」を開設。現在は「正現寺」と「月読寺」(東京・世田谷)を往復しながら、自身の修行と一般向けに瞑想指導を続けている。『考えない練習』など著書多数。

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(月読寺住職・正現寺住職 小池龍之介 構成=岩原和子 撮影=向井 渉 写真=PIXTA)