編集者が魂を込めた漫画ってなんて憎いほどに紹介したくなるのだろう――大橋裕之「遠浅の部屋」

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ニュースサイトを運営していると、日々あちこちの企業からメールやFAXそして嵐のような電話攻撃が押し寄せる。
メールに関しては1日500件を超えることもザラ。

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遠浅の部屋カバー


1日に何百件と届くリリースの中から、毎日決められた数だけ情報を拾い上げていくわけなのだが、実は思うほどこの作業楽ではない。

送られてくるリリースは、商品情報しか紹介されていないものが多い。そのため、その商品が「どれだけ人気」で、「どれだけ読者が欲する情報」なのかを判断するだけでもかなりの労力を要してしまうのだ。

そんな中、時たま「これは」と思い目に留まるものがある。
「無名かもしれない」「読者は求めていないかもしれない」そう思うけれど、どうしても紹介したくなる商品。

それは、「担当者が魂を込めて紹介してきているもの」。

先日、株式会社カンゼンの森氏という人からメールが送られてきた。
勿論内容はリリース。

自分が担当したある本を紹介して欲しいという。
その本のタイトルは大橋裕之さんという人の自伝漫画「遠浅の部屋」。

正直なところ大変お恥ずかしながら大橋裕之という名前をその時初めて知った。
普段ならばそこでアウトなのだけど、森氏が書いた紹介文には「自身が大橋氏のファンでありこれまで陰ながら応援する身だったこと」、「今回様々な巡り合わせで全編描き下ろしの自伝漫画が出来上がったこと」、「今回の作品作りを通して、森氏にとって大橋氏は心を割って語り合える“親友”と呼べる人になったこと」が切々と綴られていた。

しかも最後の方には「大橋さんの思いがこもった大切な作品をこうして世に送り出すことができ、本当に嬉しく思います。たとえ多部未華子さんに恋人がいたとしても、前を向いて生きていけます。1人でも多くの方に読まれるよう、全力で営業、宣伝していきますので、ぜひお力添えいただければ幸甚です。」と、少々本の内容とは異なる方向性での情熱もアピール。とにかく、書かれている文章だけで森氏のウザイまでの情熱とこの本にかける愛情が伝わってくる。

余談だが、この森氏。本来スポーツ関連の編集を担当しているはずで、こうした自伝漫画とはあまり関係ないと思われる。その点からも森氏の執念が伝わってきた。

 
さて、本題。カンゼン森氏が猛プッシュはしてきているもののこの「遠浅の部屋」は本当に面白いのか?
ここまでくると普段はリリース右から左の私も流石に手にとってみたくなる。
ちょうど発売日が6月6日だったので、早速書店で買って読んでみた。

感想は――心に突き刺さる青春漫画。

まだ発売されたばかりの本のため、詳細な内容は紹介しないでおくが、読後には「私はあの時の自分が思っていた大人になれたかな……」そう自分に重ねて回想してしまった。
10代最後の「大人でもないけど子供でもない」そんな絶妙な時期。未来への期待はあるものの、頑張れば頑張るほど迷走する自分。
先の見えないまま「俺、このまま何にもなれずに終わるのかな……」と一人部屋で悶々とする日々。

大橋裕之「遠浅の部屋」、価格は税込1260円。普段ならば漫画1冊の千円超えはちょっと高いと思ってしまう。ただ、この1冊に関しては一点の悔い無し。

担当編集者が自分の仕事を置いてまで世に送り出したかったこの一冊。
書店で見かけた場合には、例え立ち読みでも構わない。(といったら森氏に嫌がられるかもしれないが)機会があれば是非一度手にとってみて欲しい。

<「遠浅の部屋」著者プロフィール>
大橋裕之(おおはし・ひろゆき)
漫画家。昭和55年、愛知県蒲郡市出身。2005年、『謎漫画作品集』『週刊オオハシ』などの自費出版漫画で本格的な活動を開始。現在、『月刊モーニングtwo』(講談社)、『TV Bros.』(東京ニュース通信社)、『EYESCREAM』(音楽と人)、『CDジャーナル』(音楽出版社)、『FINE BOYS』(日之出出版)、『フットボールサミット』(カンゼン)などで連載中。単行本『シティライツ』全3巻(講談社)、『音楽と漫画』(太田出版)、『夏の手』(幻冬舎)、DVD『エアーズロック』発売中。『音楽』(『音楽と漫画』に収録)のアニメ映画化が決定している。

<イベント情報>
■「遠浅の部屋」発売記念 大橋裕之サイン&似顔絵会
日時:2013年6月21日(金)19:30〜21:00(開場19:00)
会場:ヴィレッジヴァンガード渋谷宇田川店
住所:東京都渋谷区宇田川町33-1 渋谷グランド B1F
お問い合わせ電話番号:03-5728-4227
イベント参加条件:ヴィレッジヴァンガード渋谷宇田川店にて「遠浅の部屋」の購入

(文:宮崎美和子)