(PIXTA=写真)

「上司が評価してくれない」「やりがいが見出せない」「気持ちが安らがない」……。2500年前の教えをもとに気鋭の僧侶が古くて新しい悩みに答える。

■求めるのではなく自分から好意を差し出す

●帰宅しても、誰もいたわりの言葉をかけてくれないのが不満。
●これといった趣味もなく、何をしていても楽しいと思えない。
●パートナーはいるが、一緒にいても気持ちが盛り上がらない。

いたわりの言葉をかけてくれる家族や気持ちを盛り上げてくれるパートナー、自分を楽しませてくれる趣味。そうしたものを求めて満たされない思いを抱くのは、心が不安定な状態にあるからだと申せます。その背景には、仕事への依存が指摘できるかもしれません。

人は、社会における自分の価値を見出そうとして、仕事に依存しがちです。男性はとくにその傾向が強く、生活の中で仕事に比重をかけすぎることで、家族やパートナーとのつながりが弱くなったり、プライベートを充実させる趣味が持てなかったりしてしまいます。

心の安定性について考えるにあたって、まず私たちの立ち位置を支え、心の拠りどころになってくれるものを挙げてみましょう。主なものとしては、仕事(職場)のほか、地域ネットワーク、家族、パートナー、趣味などがあります。このうち地域ネットワークは都会、とくに東京では壊滅状態にあり、友達がその代わりになっているようです。

自分の心を安定させるには、これらの拠りどころにバランスよく比重をかけることが重要です。1つのものに偏って依存してしまうと、そのほかのものとのつながりが保ちにくくなり、また依存した対象との関係も悪くなってしまいます。依存といういびつな関係は、そこから嫉妬や不安を生み出して、結局は自分を苦しめることになります。

しかしながら、人は放っておくとつい何かに依存してしまう生き物です。そうならないよう、まずは比重を分散させること、バランスをとることを意識するようにいたしましょう。

また、家族からいたわりの言葉をかけてもらったり、パートナーに気遣ってもらいたいという気持ちは理解できますが、そうしてもらいたがる人ほど、じつは自分からはそうしようとしないものです。家族からいたわりの言葉がないのは、自分が不機嫌な顔で帰ってきていきなり「疲れた」などと言っているからかもしれません。パートナーに対して気持ちが盛り上がらないのは、自分がしらけているからかもしれません。そんな人に優しく接するのは難しいでしょう。

優しくしてもらいたいなら自分から優しくすべきなのに、そうしないのは「自分がしたから、相手もしてくれるのではつまらない」という思いがあるからであり、ここにもまた、欲望が働いています。

「自分のことを尊重してほしい」という欲が好意の交換を拒み、たとえ不機嫌でもしらけていても、自分をそのまま丸ごと受け入れてもらうことを相手に求めているのです。

これは相手に対する甘えで、身近な人々に対しては、愛情があるからこそ甘えてしまうためです。そうした愛情は歪んだ愛情で、相手はそれに応えてはくれません。いくら近しい関係でも、自分が相手から尊重されたいナルシシストであるのと同様、相手もナルシシストであり、丸ごと受け入れてくれることはなかなかありえないのです。

無条件に愛されることを期待してはいけません。家族であれパートナーであれ、一方的に好意を求めるのではなく自分から差し出すようにすれば、満たされない憂鬱さを解消できるでしょう。

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ブッダの言葉

身近な人々に対しては、
愛情があるからこそ
ついつい甘えてしまって、
「このくらいはしてくれるはず」と
思い込んでしまう。けれども、
そのわがままな欲求は
たいていの場合、
満たされず、憂鬱になる。このように
愛情による執着が強すぎると、
自分のことを大事に
思ってくれるかどうか不安になり、
恐れが生じる。すなわち、
歪んだ愛情ゆえに、憂鬱さや
恐れが生じる。歪んだ愛情という
呪縛から解放されるなら、
もはや君に憂鬱さや恐れは
存在しなくなるだろう。

(法句経212)*『超訳 ブッダの言葉』052

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※記事中「ブッダの言葉」は、すべて小池龍之介編訳『超訳 ブッダの言葉』(ディスカヴァー刊)による。

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月読寺住職・正現寺住職 小池龍之介
1978年生まれ。東京大学教養学部卒。2003年、ウェブサイト「家出空間」を開設。現在は「正現寺」と「月読寺」(東京・世田谷)を往復しながら、自身の修行と一般向けに瞑想指導を続けている。『考えない練習』など著書多数。

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(月読寺住職・正現寺住職 小池龍之介 構成=岩原和子 撮影=向井 渉 写真=PIXTA)