「よろしく頼むよ」と言ったのに、部下が仕事の期日を守らない……。そんなときは、自分の指示、依頼の言葉を見直してみよう。上手な念押し=「クギを刺す」技術が足りていないのかもしれない。

■的が外れた念押しの言葉には、全く意味がない

国際競争の激化する現代のビジネス界で、経営者は常に選択を迫られています。そしてその判断を、自分だけでなく、部下にもピシリと直ちに伝えていかなければならないビジネスリーダー、上級管理職、中間管理職、そして1人でも部下を持つ上司は今、「ある1つの問題」で頭を抱えています。

自分が「こうしたい、こうしてほしい」という思いが、部下に正確に伝わっていかないことです。

結果、期待した仕事が上がってこないことになります。さらに、最近はメンタルな面で「打たれ弱い」部下も増えていて、部下の精神的傾向や性格にまで配慮しながら指示をしないと、組織がうまく回っていきません。

この指示を出す行動を「パフォーマンス心理学」の視点から細かく分けると、最初のプランの「指示」と途中の「念押し」や「ダメ押し」などの行動に、それぞれ特別な「技術」が必要なことがわかります。ここでは、それらを総称して「クギ」とします。

まずは、上司と部下のやりとりで、次の会話を見てください。

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上司:「A社に提出するプレゼン書類、今週中に作っておいてくれるかな?」
部下:「今週中、ですか?」
上司:「できるだけ早くやってもらえると助かるのだが……」
部下:「ほかにもいろいろ仕事を抱えておりますので……。とにかく、がんばってみますが……」
上司:「ひとつよろしく頼むね」

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こんなやりとりは、残念ながらまったくなんの約束にもなっていません。このやりとりの後、もし部下が当の上司ほどは緊迫感や責任感を感じていなかったら、おそらく彼は事態を気軽に捉えるでしょう。ちょっと困り顔で、「できるだけやってみました」「がんばったんですが」など、次々と言い訳の材料が出てくるに違いありません。

「ひとつよろしく(Please.)」だの「うまくやっておいて(Do it well.)」だの言っていたのでは、肝心の指示のダメ押し、つまり「とどめのクギ」はスッポ抜けるばかりです。

肝心なことは、命令や指示を出す側が、相手にちゃんと「約束を守らせる言い方」を最初から工夫することです。

長い間、はっきりと主旨を明示しない「暗示文化」の中で、仕事や生活をしてきた日本人の多くは、グローバル化の今、世界の「明示文化」の中で「きちんと伝わらない」という悩みを抱えています。江戸時代から「ぬかにクギ」「のれんに腕押し」「豆腐にかすがい」などというダメ押しの難しさを抱えているのが私たちです。

人の上に立てば立つほど、気弱な部下やひと癖ありそうなライバルに、より有効なダメ押しや指示、訂正要求をする工夫が必要です。

■相手の性格別に効率よく「クギ」を刺す

「何を指示したいか」という内容が定まったところで、まずやるべきことは、「相手がどんな性格か」をきちんと見抜くこと。見抜いたうえで、「相手のタイプ別有効クギ」をタイミングよく刺していくことが大事です。

何をどう言っても、「1を聞いたら10を知る」という具合に上司の胸中をよく察して、指示以上によく仕事をしてくれる人は今回省略するとして、クギ打ち作業で何かと気を使わねばならない多くの社員を、次の5つのタイプに分けて見てみましょう。

(1)打たれ弱い人

どちらかというと「内向性タイプ」が多く、日頃見ていても気弱な感じのする人々です。内向性・外向性の心理テストによってピタリと答えは出てきますが、日頃の会話中の声の大小、人に話しかける回数の多少、相手を見つめるときのアイコンタクト(見つめている方向性×長さ×上まぶたの筋肉の張り)の強弱などをよく見ていれば、すぐわかります。

このタイプに「君のやり方はまずい」と正面から言ったり、あまりに大きな案件を期限付きで指示したりすると、それを重荷に感じてストレスとなり、つぶれてしまいます。やんわりと言葉をかけましょう。

(2)劣等感が強い人

何か頼むと「私なんか……力不足で失敗するかもしれません」などと言い訳を並べて尻込みしたり、ちょっとひねくれて「私バカですから」なんて言う人もいます。

「謙譲」を美徳とする日本文化の中では、謙遜な言い方を重ねているうちに、内心の「劣等感」まで強くなってしまった人がいて、日本人に意外に多いのがこのタイプです。

素晴らしい点を見つけて充分褒めてあげて、そのうえで「そして、これも直してね」と言いましょう。「しかし、これは直して」と言ってはいけません。

「しかし」という逆説語だけで圧迫感を感じるので、「Yes, but」ではなく、「Yes, and」でどうぞ。

(3)自信過剰な人

自分勝手な「優越感」を持っていて、心理テストを受けさせると「自己顕示欲求」がグンと強い人々。どの会社にも必ずいるものです。できもしないのに、「あ、それくらい簡単ですよ」と即答して引き受けたりもします。本人の鼻を折らずに、他社の優秀な例などを挙げて「婉曲クギ刺し」が有効です。

(4)変化を嫌う人

心理テストをすると、「秩序欲求」が強い場合が多く、「前例に鑑みて」と言ったり、前のプランを変えることを怖がったりします。単なる面倒くさがり屋の「省エネ」手抜きタイプで、小心者の場合もあります。「先々後悔しないために今踏ん張らないと、君も危ないね」と、チクリとリスクを明示するのが有効です。

(5)自己満足型の人

何をやってもマイペース。「自分はこれで相当にがんばった。エライなあ」などと平和主義の安住タイプです。

本人のペースを認めたうえで、短くポイントだけ伝えましょう。自己満足しているだけに、あまり鋭く細かく修正点を指摘したりすると、急に反発しかねません。自分のやり方がよいと思っているので、あまり注意されると、陰で悪口を言ったりもします。

■見事な「クギ刺し」で人を動かすトップの言葉

多くのビジネスパーソンのお役に立つに違いないエグゼクティブの名言クギを、2例ご紹介しましょう。

1例目は、林文子横浜市長のエピソードです。どちらかというと保守的で、前例を踏襲したいと思っている人が多いお役人相手に、彼女が話す現場に立会ったことがあります。

まずはにこやかに、とことん相手を褒めます。「皆さんは本当に素晴らしい、文句ありません。本当によくやってくれている。私は皆さんから学ぶことばかりです」というわけです。ここまで聞いて相手はすっかり心を開いて、ニコニコして聞いています。自分たちは市長に大変によく理解されている、と思うからです。

すると、そこで注文が降ってきます。声の調子が変わり、「そこで皆さん、もっと市民の側に立ったサービスをしましょう」。彼女のクギは、「従来のやり方を変えて、気さくに市民に話しかけよう」という提言だったのです。

プライドの高いお役人を上手に巻き込んだ、素晴らしい「性格別クギ刺し」の1例でした。

2例目は私の手痛い失敗談で、クギ刺し名人は先頃亡くなった、当時アサヒビール社長だった樋口廣太郎さんです。以前にビジネス誌の対談でお会いしていたのですが、そのときは2回目で、私からあるお願いがあったのです。

「近年のグローバル化の中で、日本人の自己表現能力養成のため、国際パフォーマンス学会をつくりたい。ついては、初代会長に就任してほしい」と、私は樋口さんにどんどん自説をまくし立てました。

その間、「ふむ」とか「はあ」という、ため息程度の声しか聞こえてきませんでしたから、さらに続けていたら突然、「優れた人間に同じことを2度言うな!」と一喝されたのです。私は「エッ」とビックリして息が止まりそうになり、後悔の念で青くなりました。

結果的には「君の熱意はわかった」と、1年間の会長を引き受けてくださいましたが、私にとって、このズキリと胸に痛みが走るような注意を受けたことは今も大切な教訓です。前のめりになって自説ばかり展開する私の悪い性格を樋口さんは見抜いて、強いクギを選ばれたのです。

しかも、こちらとしては途中、樋口さんをよく観察して、ところどころで興味深そうに私の顔をチラチラ見ている変化に気づくべきでした。その表情変化は、「関心はちゃんと持っているよ」というサインだったはずです。それを見落として、ただただ先を急いでいたアホな私への見事な「愛ある教訓のクギ刺し」でした。

■長い言葉よりも短い「クギ」のほうが、よく伝わる

自分の理念を社員や部下に伝えるために、どれだけわかりやすく短い「寸鉄のクギ」に変えていくか、これもエグゼクティブの力の見せどころです。

ファーストリテイリングの柳井正社長は「景気低迷の中で先が見えない、と皆さん言いますが、きちんと頭を使って猛烈に考えれば、世界中にチャンスはいくらでもあります」と、ある会合で私を含めた数人に熱く語りました。

その彼の名言クギは、「No challenge,no future」(挑戦しなけりゃ、未来はない)というのです。

「挑戦しなければどうなるか?」「未来がない」とは、なんと短いけれど的を射たクギではありませんか。世界競争の「理念」を、短い言葉の名言クギに変えたのです。

また、父親の小さな家具店を引き継いで「世界のニトリ」に育てた、ニトリの似鳥昭雄社長も、「今必要なのは改善じゃない、改革だ」という名言クギを、皆に打ち続けています。

直接会ってお話を聞いたら、「チョロチョロとどこかを接ぎ木して変えてもダメですよ。もはやガラッと一からすべて変えるくらいの改革が必要だ」とのことでした。

そして、ジャパネットたかたの高田明社長。こちらもまた、実家の小さなカメラ店を継いで、現在の広範囲にわたる通信販売日本一のシェアを持つ、高いイメージづくりを達成した方です。佐世保本社に講演に招かれた私は、社内のあちこちに貼ってある紙を見てびっくりしました。「仕事は自己表現だ」
「人生はパフォーマンスだ」というのです。

今の若者たちは、「自分をどう表現するか」ということに大きな関心がありますから、これまた何か自分の能力を開花するために、いい仕事をしたいと思うのです。

高い「理念」があるのがエグゼクティブです。しかし、その理念を長々と話しても、部下に強いインパクトは伝わりません。むしろ「短くても強い名言クギ」を社内外で公表していくことが、今の社会に必要です。

(日本大学教授 佐藤綾子=文)