何が話し合われたのか? なぜ今なのか? 成算はあったのか? 多くの疑問が渦巻く飯島勲氏の“電撃訪朝”。外から見る限り、不可解としかいえません。

外交に最も必要なのは何か? 日本を取り巻く国際情勢を外から眺めていると、“センス”という言葉が浮かんできます。知性や経験を総動員し、自らの政策に対して外部からどんな反応があるのかを適時判断し、戦略を練って次の手を打つ。外交には相手がいますから、原則論や正論だけでは前に進みません。

先日、飯島勲(いさお)内閣官房参与が北朝鮮を“電撃訪問”しました。本コラムでも以前書いたとおり、日本は国際社会の対北朝鮮包囲網において蚊帳(かや)の外に置かれている感が否めない。そんな現状を打破するかのような、一見気合いの入ったアクションでしたが、果たして“センス”のある一手だったでしょうか?

拉致問題について、アメリカは核・ミサイル問題ほどの関心を抱いていません。だからこそ自主外交でこの問題と向き合い、解決に向けてのロードマップを描き、政治的業績にしたいというのが安倍首相の動機だったのでしょう。

米国務省報道官は「事前に知らされていなかった」と不快感を示しました。飯島氏の訪朝と同時期にデービース米政府特別代表(北朝鮮担当)が来日し、日本の外務省アジア大洋州局長と会談していたにもかかわらず、「聞いていなかった」ことを問題視したのです。韓国の外務省報道官も「国際社会が緊密に連携することが重要だ」として、事前連絡がなかったことを批判しました。

同盟国であるアメリカや、その同盟国である韓国が事前に知らなかったというのは、外交においてはルール違反といえます。特にこの問題は、関連諸国が多国間協調を通じて北朝鮮を対話の場に引きずり出すというのがコンセンサスのはず。拉致問題にしても、核・ミサイル問題とセットで解決に向かわなければ、六ヵ国協議などこれまでやってきたことの意味は軽減してしまう。

北朝鮮に対し、これまで積極的に制裁や圧力をかけようとしてきた日本はなぜ、外交ルールを破ってまで二国間での協議を強行したのか? 不確定要素の多い問題ですが、ぼくなりの現時点での見立てを述べておきたいと思います。


北朝鮮側からのアプローチだったことはほぼ間違いないでしょう。2004年の小泉純一郎首相の訪朝にも同行し、朝鮮総連を含め北朝鮮とパイプのある飯島氏を名指しして、拉致問題の進展という“ニンジン”をぶら下げ、「こちらへ来てほしい」という要請があった。その際、「米韓には事前に知らせないように」との要望があったのかもしれません。

北朝鮮は日本に対し、なぜこのような行動に出たのか?

ここのところ、以前にも増して国際社会の対北朝鮮包囲網が厳しくなってきた。中国でさえ、国営銀行の北朝鮮口座を凍結するなど強硬姿勢を見せている。この状況を打破するべく、北朝鮮は関係国のなかで最も戦略に一貫性のない日本を利用した。包囲網を揺さぶり、穴を空けるためです。ある関係者によると、「北朝鮮にとって毎年5月は食糧やエネルギーが最も枯渇する時期」であり、日本から援助を引き出そうとする狙いもあったようです。

これらの特殊事情がなければ、政治家でもない“単なる密使”の飯島氏が、北朝鮮ナンバー2の金永南(キム・ヨンナム)・最高人民会議常任委員長と会談などできるはずがない。事実、会談や空港での様子を含めた写真や映像は、内外に向けた政治的プロパガンダにいいように利用されました。

「まんまと引っかかった」という表現は使いたくありません。安倍首相にも狙いがあったのでしょう。しかし、現実問題として今回の訪朝は北朝鮮に逆利用され、アメリカや韓国のいらぬ怒りを買った。はたから見れば“オウンゴール外交”です。

ぼくは聞きたい。なぜ日本政府はこのような行動に出たのか、逆に教えて!!

今週のひと言


米韓を怒らせた飯島氏の訪朝は


“オウンゴール外交”です!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)


日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学ケネディスクールフェロー。新天地で米中関係を研究しながら武者修行中。本連載をもとに書き下ろしを加えて再構成した最新刊『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)が大好評発売中!