2012年の年頭メール

写真拡大

倒産の危機、成長期……。さまざまな場面で経営者たちは文章に思いを込める。受け手が感化される文章は、何が違うのか。カリスマ経営者の側近が証言する。

新しい年を迎える元日の午前0時ちょうどに、ファーストリテイリングの全社員に向けて1通のメールが発信される。送信者は柳井正会長兼社長。毎年恒例となっている「年頭挨拶と年度の方針」だ。

2012年に送られたメールは、A4用紙にして3枚前後。話題と語り口は年ごとに異なるが、全体の構成はほぼ共通している。まず冒頭で、前年の業績や自社を取り巻く経営環境を振り返りつつ、トップとして抱く危機感、それを踏まえた今年の標語が示される。後半は、全社員一丸となって目指す会社の姿、1人ひとりに期待するマインドが訴えかけられる。表現も次第に社員の心を揺さぶるような熱気を帯びてくる。

----------

■2012年「年頭挨拶と年度の方針」メール

(1)現場へのねぎらい
今もたびたび、店頭を訪れるという柳井社長。だからこそねぎらいの言葉を忘れない。

(2)感情をあらわに
ときには怒りや、憤りの感情を率直に示す。そこに本気度を感じ取る社員が多いという。

(3)危機感を示す
「崩壊」「経済敗戦」「未曾有の困難」などのネガティブな印象が強い言葉を使い、危機感を共有しようとしている。

(4)「自分」を出す
生い立ちや実体験を語り、社員に伝わりやすくする。

(5)「全員で」を連呼
全文を通して「全員で」が4カ所に登場。連帯感を醸成する。

----------

「ファーストリテイリングは日本一のサービス企業になり、国の境と業態の境を突き破っていきます」(2004)

「うまくいっていない人の仕事をみると高い目標と高い達成水準が抜けています」(08)

「打倒!サラリーマン体質 打倒!官僚組織 打倒!お偉いさん経営 打倒!能書き解説経営」(09)

柳井さんのメッセージは、新入社員やアルバイトの若者でも、即座に理解できるほど明快だ。難しい理屈をこねることもなければ、流行りのビジネス用語もほとんど出てこない。直球勝負が持ち味である。

■12月初旬から執筆準備をする

柳井さんの下で働き、現在は独立して経営コンサルタントを務める田中雅子さんは言う。

「読めば誰もが同じ認識に立てるほどクリアでシンプル。柳井さんの強い思いがダイレクトに伝わってきます。現場に則しているので、ドラッカーの本より柳井さんのメールや本のほうが、仕事に役立てやすいと思います」

柳井さんはどれだけ忙しくても、社内外に発表するメッセージは自分で書くという。年頭メールの場合は12月初めから準備に入り、少しずつ書きためたものをまとめていくと自著で明かしている。時間と手間をかけて練りあげたメッセージには、社員の胸に刺さる力強さがある。

しかし年明け早々に社長からのメールが届けば、正月気分も吹き飛びそうなもの。しかも、これでもか! と危機感をあおる文面に、気が沈む社員もいるのではないかと心配にもなる。

「私が知るかぎり、毎年楽しみにしている社員がほとんど。それはトップが本気(マジ)だとわかっているからです。世界に打って出るナショナルチームの一員だという誇りがあれば、今年は監督からどんな刺激的なメッセージが届くのかと期待するはずでしょう。それに経営マインドのある社員は、常に危機感をもっている。これを読んで気が沈むようならサラリーマン根性になっている証拠です。その意味で、このメールは1つのバロメーターの役割を果たしています」

柳井さんの文書にはもう1つ特徴がある。それは、必ず丁寧語を使うということだ。

「メールでも、口頭でも、誰に対してもそうです。たとえ部下を叱るときでも、柳井さんは丁寧語を使います。常に相手を尊重する態度が信頼される理由の1つです」

価値観にブレがなく、それが繰り返し語られる点も信頼につながる。トップのメッセージが組織に浸透するうえで欠かせない要素だ。

例えば、柳井さんが部下に注意を促す際によく使う「100%徹底してください」という言いまわしがある。これは、社員たちの会話でも聞かれるという。仕事でミスがあれば「すみません、100%徹底していませんでした」と素直に謝る場面などがそうだ。年頭メールにある「打倒!サラリーマン体質」のようなフレーズが、社員たちの合言葉になることも珍しくはない。柳井さんのメッセージには、現場までしっかり到達する浸透力がある。

クリアでシンプルな内容。誰にでもわかる言葉づかい。柳井さんの年頭メールは、社員の危機感を刺激し、共通の価値観を抱かせる点で、見事な“檄文”となっている。

(伊田欣司=文 澁谷高晴、小倉和徳、藤井泰宏、向井 渉=撮影)