「スポーツ」はいつから自己啓発になったか-1-

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■TOPIC-1 スポーツ本の王道は「自伝」

2011年のベストセラーに、サッカー選手の長谷部誠さんによる『心を整える。——勝利をたぐり寄せるための56の習慣』がありました。また、この年のベストセラーには、同じくサッカー選手の長友佑都さんによる『日本男児』もランクインしていました(トーハン調べ)。このようなスポーツ選手、あるいは監督による著作は、書店の新刊や「よく売れている本」の棚によくみることができます。

これらは単なる有名人のエッセイだと考えるべきでしょうか。確かにその側面もかなりあるとは思いますが、たとえばサッカー選手だけをみても、長谷部さんの『心を整える。』、長友さんの2012年の著作『上昇思考——幸せを感じるために大切なこと』、女子サッカーでは澤穂希さんの『夢をかなえる。——思いを実現させるための64のアプローチ』、丸山桂里奈さんの『逆転力——マイナスをプラスにかえる力』など、啓発的なタイトルが並んでいるといえます。

スポーツ選手や監督というのは、その最も活躍する瞬間を多くの人が目の当たりにする——その活躍の瞬間こそが消費の対象とされている——という点で、私たちにとって最も身近な有名人であり、最も身近な成功者(失敗者)だといえます。そのような人々の手がける書籍は、数多ある書籍のなかでも、かなり気軽に手に取れるものだといえないでしょうか。

しかしそうした書籍のタイトルは、先に紹介したように、まるで自己啓発書のよう、いや自己啓発書そのものです。書籍の内容については以下でみていきますが、少なくともタイトルから判断すれば、私たちはこうした身近な有名人・成功者たるスポーツ選手・監督の手がける著作を通して、自己啓発の世界に誘われているように思えます。

しかし、議論を先取りすると、このような傾向はごく近年の傾向です。では、それ以前のスポーツ関連書籍とはどのようなものだったのか。また、いつ頃、どのようにスポーツ関連書籍は「自己啓発化」していったのか。そしてこのような「自己啓発化」が意味することとは何なのか。

このような観点から今回は、スポーツ選手・監督による著作を素材としてみたいと思いますが、この種の書籍は非常に多く刊行されているため、焦点を絞る必要があります。そこで今回は、ベストセラーランキングに登場したスポーツ関連書籍を導きとして、話を進めていくこととします。

■日本初の「スポーツ本」ベストセラー

社団法人全国出版協会・出版科学研究所の『出版指標年報』におけるベストセラーランキング(毎年30位までが公表されている)を資料として、スポーツ選手・監督(引退後を含む)による著作をピックアップしたものが下表です。意外に少ないことが分かります。他のランキングをみてもこれは同様です。以下、基本的には時系列順に、これらの著作とその関連書籍の動向を追っていきます。

表のなかで最も古い著作が、1963年から1965年にかけてのベストセラーランキングに居座り続けた、日本代表女子バレーボール監督・大松博文さんの『おれについてこい——わたしの勝負根性』でした。1963年はランキング14位、1964年は5位、そして1965年のランキングでは3位に同書、2位に続編の『なせば成る——続・おれについてこい』が連なるというように、大松さんの著作はこの当時の人々の大きな注目を集め続けていました。

『おれについてこい』では、国内で無敵を誇った大日本紡績代表女子バレーボールチーム「日紡貝塚」がそのまま日本代表チームとなり、1962年のバレーボール女子選手権大会に優勝するまでの経緯が描かれています。1964年刊行の『なせば成る』で描かれているのは、東京オリンピック優勝までの道程です。両書ともに基本的なスタンスは同様なので、ここでは『おれについてこい』の内容を紹介することとします。

「東洋の魔女」とも呼ばれた同チームを支えたのは、文字通りの猛烈な練習でした。同書には「できないことをやるのだ」「体力の限界こえて」「鬼と呼ぶなら呼べ」といった章のタイトル、「向こうが五時間ならこっちは七時間」「睡眠時間をちぢめる」「ケガに慣れてしまえ」「やるのだ! まだ息をしている」「病気は許されぬぜいたく」「全治一か月の診断も無視」「指が折れたくらいなんだ!」といった小見出しが並びます。同書のサブタイトルが「わたしの勝負根性」とあるように、根性の物語、まさに「スポ根」の結晶物といえる著作が、我が国初のスポーツ関連のベストセラーだったのでした。

『なせば成る』には、1章だけ「猛練習そのものではなくて、猛練習を避けようとする心を征服すること」(103p)、「迷いはすべて修練の不足から」(120p)等の、練習についてのまとまった主張が展開されている箇所があるのですが、両書の基本的な性格は「自伝」だといえます。この当時から現在に至るまで、スポーツ関連書籍の基本的な性格はこの自伝というパターンです。

この連載ではひたすらに自己啓発書、つまりハウ・トゥ本を扱ってきたわけですが、自伝のもつ臨場感というのはそれらにない、書きものとして非常に魅力的なものがあります。たとえば1965年のベストセラー、金田正一さんによる『やったるで!』の冒頭のシーンは次のように始まります。前年のオフシーズンに、国鉄スワローズから読売ジャイアンツに移籍した金田さんが、開幕戦のマウンドに立つシーンです。

「右をみた。長島がいた。左をみる。そこに王がいた。ふりかえると広岡も柴田もみんなグラウンドにたくましく立っていた。『カネさん、やろうぜ』声をかけたのは長島。王はなんとも朗らかな顔でニッコリ笑った。この瞬間、ワシは巨人のユニホームを着た実感が、しみじみとわいてきた。“よし、やったるで!”」(8-9p)

金田さんの著作には、何も教訓めいたことは書かれていません。自らの生い立ちから始まり、その野球人生に起こった出来事と、その時々に思ったことを生き生きと綴っていく。これですべてです。

■ハウ・トゥなしで人を啓発する方法

金田さんの引用文にも出てきましたが、この時代は「ON」の時代だといって間違いはないでしょう。この時期、ベストセラーランキングにこそ入っていませんが、長嶋茂雄さんは1963年に『熱球悲願』、王貞治さんは1969年に『でっかくいこうぜ!』という、それぞれ自伝的な著作を刊行しています。両書ともに、これこれをせよ、といった教訓めいた話はなく、その野球人生に起こった出来事と、その時々に思ったことをただ綴っていました。

こうした自伝的著作は、現在に至るまで刊行され続けています。ベストセラー上では、1988年の江川卓さんによる『たかが江川されど江川』、2009年の清原和博さんによる『男道』がそれにあたります。江川さんの場合は、当時話題となった入団経緯から説き起こしたその野球人生が、清原さんの場合は、甲子園での華々しい活躍を経て、プロでの活躍、移籍、怪我との戦い、引退へと至る野球人生がそれぞれ綴られています。野球人生のなかで起きた出来事から切り離された、一般的なハウ・トゥが語られるということは、管見の限りではこれらの著作にはありませんでした。

しかし、ハウ・トゥが語られていなくとも、これらの著作を読んだ人の多くは、心が奮い立つような気分になる、つまり何らかの啓発をされたような気分になったのではないかと考えられます。では、自伝的著作は、何をもって人々を啓発していたと考えるべきでしょうか。

私はそれを「生きざま」だと考えています。教訓など語らずとも、自分が過ごし、また結果を出してきた(競技)人生そのものが何事かを物語っている。人々はそのような生きざまからそれぞれの教訓を引き出し、あるいは自分自身の人生と重ね合わせ、日々の生活の糧とする。そのようにして、こうした自伝は読まれていたのではないでしょうか。

いや、現在においても、スポーツ選手・監督の手がける著作の王道は、このような自伝的著作です。著名人の生きざまを手がかりにして、自らの人生の糧とするという営みは、かつても今も同様に行われ続けているのだと考えられます。しかし、冒頭に挙げたベストセラーをはじめとして、それに留まらない新しい傾向が近年出始めているのです。ただ、何が新しい傾向なのかが分かるためには、それ以前のスポーツ関連書籍がどのような内容であったのかを知っておく必要があります。そこで、以降の回は時系列順に、スポーツ関連書籍のベストセラーを追いかけていくこととします。

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『心を整える。――勝利をたぐり寄せるための56の習慣』
 長谷部誠/幻冬舎

『日本男児』
 長友佑都/ポプラ社

『上昇思考――幸せを感じるために大切なこと』
 長友佑都/角川書店

『夢をかなえる。――思いを実現させるための64のアプローチ』
 澤穂希/徳間書店

『逆転力――マイナスをプラスにかえる力』
 丸山桂里奈/宝島社

『おれについてこい――わたしの勝負根性』
 大松博文/講談社

『なせば成る――続・おれについてこい』
 大松博文/講談社

『やったるで!』
 金田正一/報知新聞社

『熱球悲願』
 長嶋茂雄/白凰社

『でっかくいこうぜ』
 王貞治/報知新聞社

『たかが江川されど江川』
 江川卓/新潮社

『男道』

 清原和博/幻冬舎

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(牧野 智和=文)