サントリー酒類 スピリッツ事業部 酒巻真琴 1978年、東京生まれ。都立国際高校、津田塾大学卒。2001年サントリー入社、首都圏営業企画部でワイン企画を担当。06年から現職。ブランドマネジャーとして缶チューハイなどを担当。

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不思議な飲み物が流行している。「ノンアルコールカクテル」という。

アルコールの入っていないビール味の飲料をノンアルコールビールと呼び、ビール好きが車の運転をするときや昼の食事時に飲むようになってから久しい。その延長上で発想されたのがノンアルコールカクテルだ。

「飲みたいけれどアルコールを我慢している。そういう方が家事や子育て、仕事で忙しい30〜40代の女性にはとくに多いんです。かといって、ソフトドリンクだけではいまひとつ気分が出ません。ノンアルコールのカクテルがあったらいいな、と私自身も思っていました」

仕掛け人の1人であるサントリー酒類スピリッツ事業部RTD部の酒巻真琴さんが説明してくれた。

酒巻さんは、サントリー酒類が手がけるノンアルコールカクテル「のんある気分」の開発と育成を担当するブランドマネジャーだ。のんある気分は2011年10月の発売直後から人気に火がつき、年内の販売計画を60万ケースから100万ケースに上方修正するなどみごとなスタートダッシュを見せている。

しかしアルコールが入っていない「カクテル」とは、ソフトドリンクとどう違うのか? 酒巻さんがいう。

「実は社内にも『本当にお酒の味が出せるの?』という懸念がありました。しかしカクテルそのものや、ベースになるリキュール開発の知見を応用することで、たとえば『ちょっとした苦味』『複雑な香り』を再現することができたのです」

企画のスタートから2年を費やして中味の調整を進め、とうとうたどり着いたのがいまの味である。筆者自身が飲んでみた感想は、「本当にカクテルの味がする!」だった。

■1週間前

さて、商品の骨格そのものは発売3カ月前にはほぼ固まっていた。味やパッケージはもちろん、宣伝や販売促進の計画も着々と進んでいた。そのなかで酒巻さんは、発売当日(11年10月4日)に向けて最後の詰めに余念がなかった。

「ひととおりの準備は済んでいましたが、まだまだ完璧ではありません。モニターキャンペーンを実施するほか、小売店を回るとか社内で模擬陳列をすることで、売り場づくりのヒントを探しました」

たとえば、こういうことだ。

この時期には販促用のPOPなども、ひとそろい手配が済んでいる。しかし店頭を眺め、模擬陳列をし、モニターからの声を検討するなかでいくつかのアイデアが浮かんできた。一例をあげると、飲んでくれた人の生の声を書き入れた小さなPOPだ。これはすぐに発注し、発売日までに全国の営業拠点に配備した。

1週間前。酒巻さんの目はすでに「発売後」を見据えている。視野にあるのは、たとえば当初の想定にはなかった新しい飲用シーンを発見することだ。その間にも、各地の営業拠点から売り場の情報が刻々と入ってくる。データを前に、売り場設計の微修正を重ねていく。

■1日前

発売前日の10月3日夕刻、酒巻さんの姿は東京都内の大型スーパーの広々した酒売り場にあった。

新商品の発売に合わせてメーカーの担当者が小売店の店頭に商品を積み上げ、販促ツールを飾りつける慣習が業界にはある。この日、酒巻さんは担当の営業マン2人とともに、スーパーの店頭で2時間ほど売り場づくりに汗を流した。

そこへふと近づいてきたのは、子供を連れた女性である。専業主婦だろうか。

「何かしら?」

商品に手を伸ばして、ノンアルコールのカクテルであることを確認すると、女性はにわかに顔を輝かせた。そしてその缶を買い物カゴに入れたのである。

その後も続々と客がやってきた。主婦や会社帰りらしい30代女性が積み上げたばかりの商品を買っていった。

「想定したとおりの方が興味を持ってくれたので、手ごたえを感じました。鳥肌が立つほどうれしかったですね」

酒巻さんは笑みを浮かべる。心のなかで小さくガッツポーズをしたという。だが、すぐに冷静になれるのが酒巻さんだ。

「目の前で何本か売れたのは事実ですが、それはあくまでも『点』の情報です。翌日以降、全国でどれだけの人が買ってくださるのかを正確なデータで見なければいけません」

酒巻さんはこう気を引き締め、いったん会社に立ち寄ってから午後10時過ぎに帰宅した。少しお酒を飲みたい気分だった。しかし――。

「翌朝早いので、ちょっとためらいました。ふと思いついたのが『のんある気分を飲もう!』ということです。いろいろな人に聞きましたけれど、そういうニーズも多いんですよ(笑)」

お気に入りの「ソルティドッグテイスト」を開け、ひとり乾杯したという。

■1時間前

酒巻さんにとっての「本番」は、新製品発売日の朝9時である。会社が動き出し、情報という血が巡りはじめ、新しい商品を「これから売るぞ」という前向きの空気が満ちていく。酒巻さんは、そのときに意識を集中する。

量販店の開店は10時が多く、コンビニエンスストアは24時間営業だからそれより前に商品を売り出している。考えてみれば、酒巻さん自身が経験したように、スーパーの酒売り場では前夜のうちに商品の積み上げが始まり、その場で買っていくお客も少なくない。

だから、販売店の開店時刻を本番ととらえるのは無理がある。むしろ、サントリーの人びとが戦闘態勢に入る9時が象徴的な時間なのである。

その日、酒巻さんは早起きして会社へ向かった。途中、コンビニに立ち寄り、商品がケースに並んでいることを確認してから定時の1時間前に出社した。

朝8時。いつもより30分ほど早い。

PCでイントラネットを開き、各地の営業マンが送ってくる店頭情報を精読する。簡単な文字情報のほかに店頭の写真がついている。

多くの営業マンは昨晩のうちに売り場づくりを終えていた。画面からその様子が見て取れる。想定したとおりのみごとな売り場がたくさんあった。代表的なものをピックアップし、今度は酒巻さんがイントラ上に文章を書き込んでいく。

「○○で、すごくよい店頭が立ち上がっています。参考になさって下さい。みなさんの担当店でもがんばって下さい」

やがて9時を回り、イントラ画面を覗いた営業マンは、他店の報告や酒巻さんの書き込みを見て発奮するだろう。

「のんある気分は想定以上にヒットしていますが、まだまだ『ノンアルコールカクテルって何?』というお客様も多いと思います。知っていただければきっとファンになってもらえます。ですから、もっともっと知ってほしい」

酒巻さんは目を輝かせてこう話す。明るい話術と文体で社内を巻き込み、前へ前へと進んでいく。

(面澤淳市(プレジデント編集部)=文 ミヤジシンゴ=撮影)