「ずっと、いっしょ。いつでも、いっしょ」(コスプレイヤー=あかね 撮影=筆者)」

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■鉄道模型の市場規模に匹敵

秋葉原でときどき見かけるバイオリンケースを持つ人たち。そのケースの中身は、バイオリンではなく、「ドール」と呼ばれる60cmほどの大きさの精巧な人形です。秋葉原には、ドール用にミニサイズのフードメニューを提供するメイドカフェがあり、ケースに入れて連れてきたドールと一緒に食事を楽しむことができます。ドールの撮影用ジオラマや交流イベントを提供する店舗もあり、ドール好きの人たちは、そこで写真撮影を楽しみ、情報交換をしています。

「ドール」は、全体が同じ素材でできている「フィギュア」と異なり、毛髪が植毛、あるいは着脱式になっていて、布でできた衣服を着せ換えることができ、体の関節を動かすことによって、人間のようにいろんなポーズを取らせることができます。かつてのドールは、磁器を素材とした高価なものか、子供用の玩具しかありませんでした。そのような中で今から15年前に、精巧な組み立て式模型を少数生産していた日本の模型メーカーが、その製造技術を活かして大人の女性向け商品として開発し、販売したものが、今の趣味文化としてのドールの始まりでした。ドールは、今や市場規模が約140億円と、鉄道模型の市場規模とほぼ同じ程度まで成長した趣味文化ですが、その歴史はそれほど古くはありません。

もともと女性が中心だったドール愛好家も、最近では男性の愛好家が増えています。1体5万円以上が相場のドールですが、楽しみ方が男性と女性とでは異なるので、商品も自ずと異なってきます。男性は、ドールに対して「理想の恋人」、つまり他者に対する目線を持つ人が多い。それに対して、女性は「理想の自分」、つまり自己に対する目線があります。

そんなドール愛好家なら誰もが知っている会社が、葛飾にあります。

■「多種少量」と「趣味文化」の相性の良さ

ドール愛好家なら誰もが知っている「オビツボディ」。多くのドールメーカーに採用されている素体(ドールのボディ)です。この素体は、業界初の補助スタンドなしで自立できるもので、関節の可動幅も大きく、人間が取り得るあらゆるポーズを再現できます。

このオビツボディを制作するのは、秋葉原の近くの葛飾にあるオビツ製作所です。オビツ製作所は、他社に素体を供給するだけでなく、最近では自社ブランドのドールも企画し生産しています。これまで数種類のオリジナルドールを受注生産で販売していますが、どれも好評で、完売済みのドールもあります。

オビツ製作所がある葛飾は、昔から玩具工場が集積していて、オビツ製作所もこれまでソフトビニール玩具やフィギュアなどを製造し、販売してきました。

玩具製造も一般的なものづくりと同じように、金型からの成形が基礎になります。オビツ製作所は長年、スラッシュ成形という、加熱した金型の側面に素材を付着させ、さらに加熱させて成形し、冷やしてから固まったものを引き抜くという手作業を行ってきました。この成形のための焼き具合がとても難しく、熟練の職人技が必要です。

ところが、設備投資さえすれば、職人技がなくても大量生産ができるインジェクション成形という手法が主流になり、多くのメーカーが中国に進出しました。それに合わせて、葛飾の玩具工場の数も少なくなりましたが、オビツ製作所は、職人技が必要なスラッシュ成形工程をドールの素体づくりに活かしました。スラッシュ成形の金型は、インジェクション成形の金型の8分の1の費用で製作できるため、多種少量の生産が可能になります。ドールは愛好家向けの趣味の製品なので、少量生産でも対応できる伝統的成形方法は、ちょうど適していたのです。

(梅本 克=文(デジタルハリウッド大学客員准教授))