おふくろの味といえば......肉じゃが、味噌汁、カレーライス、きんぴら等が王道でしょうか。しかし、最近では、「ポテトチップス」という声もあると、脚本家兼作家の夫婦ユニット・木皿泉の書籍『木皿食堂』で紹介されています。

 とある二十代前半の男性にとってのおふくろの味は、「ジャガイモを薄くスライスして揚げてくれたポテトチップス」だというのです。市販のものではない、お母さんの手作りのポテトチップスです。少し上の世代が聞いたら驚くような意見かもしれません。

 そもそも、おふくろの味というものは、幼少期に食べた記憶のある母親の手作り料理。今では、食卓に並ぶすべての料理が手作りであること自体が、難しくなっています。いかにも手作り風のダシの素や、調理しやすいように皮をとり下茹でされた野菜が売られています。簡単に「手作り風」の料理を作ることができるようになりましたし、子供たちもそのことに気づいているのかもしれません。

「子供は、これこそがお母さんの手作りだと自信を持って言えないのかもしれない。そうなると、自分が目撃した、たしかに母親が作っていたと記憶しているものを、おふくろの味と言うしかない」(書籍『木皿食堂』より)

 同書で紹介されている、いわゆる「おふくろの味」というのは、最初はロールケーキっだったのが、やがて巻くのをやめて直接ジャムを塗って出すようになり、ジャムも面倒になったのか、単に三角に切ったのを皿に盛るようになったというケーキのことを指しています。何と呼んでいいのかわからないお菓子もあったと、当時を振り返っています。

 弁当に入れられた「苺」もおふくろの味。蓋を開けたらご飯にめり込んでおり、友人に見つかるのが恥ずかしくて、苺とピンクに染まったご飯を真っ先に食べていたそうです。

「そんなものを、今になって、うまかったと思っている自分が恥ずかしい。恥ずかしいけれど懐かしいのだからしょうがない。おふくろの味というのは、そういうものだと思う。缶入りのミートソースにウインナーをまぜただけのパスタでも、やっぱりそれはおふくろの味なのだ。その匂いをかいだだけで、自分の母親を思い出して、くすぐったいような、切ないような、照れくささを感じるからだ」

 「くすぐったさ」「切なさ」「照れくささ」は、おふくろの味には欠かせない要素ではないでしょうか。あまりにも上品で綺麗な食べ物では、これらの感覚を思い出すことはありません。

 時代によって、意見の異なりそうな「おふくろの味」。「くすぐったさ」「切なさ」「照れくささ」を思い出させるような味が、誰にとってもあるのかもしれません。



『木皿食堂』
 著者:木皿 泉
 出版社:双葉社
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