Golden Green代表 在賀耕平氏

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長野県南佐久郡佐久穂町。軽井沢から40キロほど南下した標高1000メートルの高地である。3年前、この地に妻と2人で直販型農場を開業した在賀耕平は、当初から120件もの顧客を持っていた。商品や価格ではなく、「つながり」で差別化している結果だ。

現在の顧客は185件。年間約60品目の野菜を育て、週1から月1の頻度で届けている。顧客の大半が東京在住者であり、在賀夫婦の家族や友人、元同僚からの紹介が94%に達する。ゲストルーム付きの在賀宅に招かれ、農業体験をする客は年間50人を超える。

このためリピート率は9割程度と高い。むろん、在賀に「友達だから」という甘えは一切ない。

顧客の情報はエクセルで管理しており、家族の構成から好き嫌いまでを把握している。段ボールに入れる野菜は1件ずつ変えているのでほぼオーダーメードだ。手書きのメッセージも添える。

「農薬を散布せずに野菜を育てています。でも、単に『おいしい有機野菜』は世の中にたくさんある。ここまでしないとオイシックスなどの大手と差別化できませんよ」

在賀は、都内のベンチャー企業で上場を見届けるまで勤めあげた。だからこそ、冷静な目で自分たちのビジネスを見られるのだろう。

「僕はまったく筆まめじゃない」という在賀は、もっぱら生産担当として種まきから収穫までを取り仕切る。営業や出荷をこなしているのは、以前は都心でダイニングバーを経営していた妻の季とし代よだ。

「ほとんど私の趣味なんです。お店をやっていたときもお客様によく手紙を書いていました。客単価3000円ぐらいだったのに(笑)。でも、このやり方では200件ぐらいが限度ですね」

すべての作業は2人で力を合わせるが、管理責任は適性と能力によって分担しているのだ。

夫妻の年商は約750万円。利益は400万円ほどだ。農家としては上々の成績だが、「年収200万円の男ですよ」と謙遜する。

しかし、東京時代に貯めたお金で、農地と自宅、トラクター、ビニールハウスなどへの初期投資は済んでおり、月々の生活費は2人で20万円弱。年に160万円も貯金できる計算になる。

「田舎にいると物欲がかき立てられないんですよ。たまに高価なウイスキーをネットで買うぐらいかな。昨年の贅沢は薪ストーブを自宅に導入したこと。ただ、薪になる枯れ木はそこらに落ちているので、暖房費の節約になってます」

都会育ちの在賀夫妻には田舎暮らしへの憧れはなかった。今でも「農作業自体は楽しくない。通勤ストレスがなくて、水や空気がキレイなのは嬉しいけど特に自然好きじゃない」と明かす在賀。転身した理由は究極の消去法だった。

会社員時代は、「あったら便利なもの」をつくってきた。しかし、30歳を過ぎたあたりから急に不安になった。世の中が大不況になり、年金制度の破綻や食糧難の時代がきたら、どうするのか。

在賀が出した結論は単純だった。

「なくては困るものをつくろう。農業なら、食うものはある」と。

農作業は厳しく孤独な作業だが、直販型だから顧客とのやりとりを楽しめる。「一番嬉しいのはお客さんから『助かったよ。この農場があってよかった』と言ってもらえたとき」。

皮肉屋の在賀が珍しく明るく笑った。顧客の顔が見える小さなビジネスだからこそ、素直に「つながり」を喜べるのだ。

(大宮冬洋=文 馬場敬子=撮影)