今週はこれを読め! ミステリー編

 一目見て、胸躍る思いがした。『東京ダンジョン』(PHP研究所)という印象深い題名が示すとおり、これは東京の地下を舞台にしたミステリーなのである。作者は福田和代、未曾有の規模で都市を襲う停電テロを描いた『TOKYO BLACKOUT』(創元推理文庫)などの作品で、現代社会を舞台とした冒険小説の可能性を追求し続けている作家である。地下を舞台としてどのような冒険が可能となるのか、期待しながらページをめくった。

 東都メトロのトンネル内でいるはずのない人影が目撃されることから物語は始まる。何者かがいたずら目的で侵入したのか。それとも居所を求めてさまようホームレスのたぐいか。同社で保線作業に従事する的場哲也は、その「地底人」が不慮の事故に遭うのではないかと危惧する。不審者が目撃された東都メトロ銀座線は、第三軌条といって、電流供給用のレールが天井ではなく線路の隣に置かれているのである。それを踏めば感電死は免れない。やがて地底人の噂は増えていき、都市伝説としてネット空間を埋め尽くしていった。
 この不可解な出来事と並行して、ある事件が起きる。的場の弟・洋次が何者かに暴力をふるわれて大怪我を負ったのである。的場は、弟がある学者の主宰するセミナーに通っていたことを知り疑念を抱く。その学者・鬼童征夫は過剰な言説によって若者に政治不信の根を植えつけようとするアジテーターだった。彼の周囲にいる者の誰かが、洋次に暴力を振るったのではないか。そう考えて的場は鬼童のセミナーに足を運んだ。鬼童の一番弟子を自称する朝宮大地という学生が、彼に接触を図ってくる。

 物語は急展開するのは中盤以降である。東京という都市だからありうる形のテロが行われる可能性があるということが示唆されるのだ。ご存じのとおり、東京の地下にはさまざまな地下網が発達している。地下鉄や高速道路のトンネルだけではない。水道や電話などのライフラインを収納した共同溝が各所で作られているほか、河川の氾濫を防ぐために作られた放水路の建設も進められている。「ダンジョン」の名にふさわしい規模なのだ。
 しかし作者の企みは一筋縄ではいかない。福田は今回、戦闘の場としてはもう一つ別の舞台を準備していたのである。それが何であるかは読んでのお楽しみだ。犯人グループが何を意図して行動しているのか、という動機に焦点が当てられると、その舞台の謎も同時に浮上してくる仕掛けである。白状してしまえば、根っからの地下マニアである私は少々物足りない思いを味わったのだが(クリストファー・ハイド『大洞窟』のような最初から最後まで話が地下で展開する作品を期待していたからだ)、この趣向には驚き、満足させられた。物語の後半では鬼童征夫というキャラクターの魅力で小説が牽引されていく。疾走感のあるサスペンス小説だ。後味のよさも作品の美点として挙げておく。

(杉江松恋)



『東京ダンジョン』
 著者:福田 和代
 出版社:PHP研究所
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