言うまでもなく良いビジネス本はたくさんある。しかし、その「選び方」を間違えたばかりに悲劇を生み出すケースが続出しているという……。

■低所得者が、億万長者の“論語本”にハマる悲劇

書店に行くと、マネー本からマナー本、そして自己啓発本まで、ありとあらゆるジャンルのビジネス本が並んでいる。「そんなの読んでも稼げる男にゃなれねーよ!」と揶揄する人もいるが、この特集で言いたいのは、どの本なら役立つかという話ではなく、たとえ優れたビジネス本であっても、「今の自分にとって相性の悪い本」を読んでしまうと、読んでいるときは心地よいが、むしろ自分の中の“こじれ”を悪化させてしまう。そんな悲劇が増えている、という話である。どういうことか。

例えば―

(1)自分を追い詰めすぎて“うつ状態”の人が、「こうすればあなたもデキる人になれる!」という自己啓発本を読んでしまう

五月病の代表とされる“うつ症状”。性根がマジメすぎ、常に自分自身を追い詰めてしまう、そんな負のスパイラル=“うつ症状”に入ってしまった人に一番言ってはいけない言葉が「頑張れ!」であることは有名な話。しかし、それと同じ過ちを、読書を通して自らやってしまうパターンが多い。特にマジメすぎる人ほど、テンション高く「こうすればアナタもデキる人になれる!」という自己啓発本を手にしてしまいがちなのだ。本当は、いったん自分をリラックスさせる時間が必要なのに……。しかし、次のような真逆のケースも多発しているのだ。

(2)「自分の職場はバカばかり!」と思い込んでる人が、「あなたはそのままでいいんですよ」的なヒーリング本を読んでしまう

近年、マジメすぎる人の“従来型うつ”とは別に、“新型うつ”とか“社内うつ”とか呼ばれる症状が激増中なのはご存じのとおり。“従来型うつ”との違いは、抑うつ状態のときはほとんど同じなのだが、会社を一歩出れば元気になり(なので周囲の同情は得られにくい)、また、攻撃対象は自分でなく、職場の上司や同僚である点だ。「職場が皆、自分の悪口を言っている」「自分を正しく評価できないバカばかりだ」などなど……。

こういう傾向の人が、「自分をもっと素直に受け入れましょう」といった“ヒーリング本”にハマると、「自分は正しく、周りはバカ」との気持ちをさら に強くし、周囲との溝をもっと深めてしまう。さまざまな職場で、こうした“負のスパイラル”に陥ってしまったビジネスマンを多く診断してきた産業医の榛原藤夫(はいばら・ふじお)氏が言う。

「人間というのは、どうしても『今の自分を肯定してくれる言葉』に弱い。しかし、そういう言葉が詰まった本を読むことで、自分の中で崩れてきたバランスをさらに悪化させてしまうケースがあるのです」


ビジネス本の“ミスマッチ読書”が生み出す悲劇はまだある。

(3)低年収な人が、億万長者が書いた「人生はお金じゃないよ」本にハマってしまう

その業界の超大物による著作なら内容も間違いなしと思いがちだが、落とし穴はそこにある。例えば、億万長者となった金融ビジネスのドンが、論語を引き合いに「大切なのはお金ではない」と語った本が大ベストセラーになったりするが、彼はこれまで何十年も、ひたすらお金のことを考えてきた人であることを忘れてはいけない。

「そういう本は、さんざん稼いできた人が自分を律するために書いた本だったりするのに、その前提をスルーして、まだ収入も低い若い人が『あの先生が“大切なのはお金じゃない”と言っているのにウチの会社の連中は毎日チマチマ働いててバカみたい』なんて思ってしまう不幸なケースは、私もいくつか見ました」(榛原氏)

「前提をスルー」したために起きる悲劇という意味では、次のようなパターンも起こりがちだという。

(4)「仕事スキル皆無」な人が、「共感力で人を動かす」本にハマる

書店に行けばわかるが、最近は「論理よりも共感力で人を動かす」とか「雑談力で会社の人気者になる」といった本が、相次いでヒットしている。決して間違った話が書いてあるわけではないのだが、やはり「読むタイミング」を間違えると状況は悪化する。

「ビジネス本の世界には、明らかに流行があります。少し前までは、MBA取得者たちが書いた『ロジカルシンキング』本が大ブームでしたが、『やはり論理だけでは人って動いてくれないね』と気づいて、最近は『共感力』や『雑談力』のブームが起きている。逆にいえば、ハードな『論理』を経由した上で、ソフトな『共感』が注目されてきたわけで、まだ論理もスキルもない若い社員が、いきなり『共感力』だけで一目置かれて『デキる人』になろうとしたって、それは無理な話です」(榛原氏)


■本当に迷惑な「ゆとり社員」は40代・50代!

「職場の周囲との溝を深める」という意味では次のパターンも。

(5)「周囲を見下した人」が、「次世代リーダー本」にハマってしまう

注目企業の組織風土を称賛した本や、10年後のビジネスはこうなるといった予測レポートを読んで、「グーグルの社内はこうなのに、ウチの職場はバカじゃね?」とか、「社会は変わるのに、ウチはこんなことやっていて意味あるのかよ!」との思いを強め、周囲を見下してしまうという悲劇である。

「そういう人は、自分は周囲をバカにしていても周囲はそれに気づいておらず、『俺はけっこう組織でうまく立ち回っている』と思いがちですが、絶対、周りに気づかれています。そして、人手も少ない今のビジネス環境では、周囲の人や他部署の人、さらに社外の人をも巻き込んで仕事する能力が大切になっているんです。しかし、周りを見下している人に、絶対、人はついてきません」(榛原氏)

特集の最後は、上司世代による「イマドキの迷惑話」を……。

(6)安定企業の、ネットカルチャー好きな40代・50代の非・出世社員が、若者向け「意識高い系」ノマド本を読んでしまう

SNS時代の産物として、とかく揶揄される「意識高い系」若者。要するに、ツイッターやフェイスブックで『情熱大陸』風の気取ったせりふを発信しまくったり、人脈自慢をしたりする20代のことだが、別に実害はないのでここではスルーしよう。それより、はるかにタチが悪いのは「意識高い系」オジサンだという報告が各所で聞かれた。つまり、安定企業に必ずいる「サブカルやネット論壇に無駄に詳しいが、プライドだけ高く理屈だけ多く仕事はできず、社内では傍流の地位。でも安定企業ゆえ収入は安定した、40代・50代のバブル社員」の話だ。

そういうオジサンはネットカルチャーの動向にも敏感で、実際、都内大型書店の店員さんによれば、「ノマドを代表とする『SNS時代の新しい生き方』本は、実は若い人以上に、40代・50代の男性がよく買っていくんです」という。WEBデザイナーのAさん(34歳)は、某大手メーカーのWEB制作を請け負った際、メーカー側の40代社員から、打ち合わせのたびに、ブロゴス(ネット論壇サイト)がどうしたとか、イケダハヤト(有名なブロガー)がどうしたとか、初音ミクがどうしたといった、若者論、ネット論を延々と披露され、そのくせ肝心の仕事になると「ウチの会社は保守的だから」と言って何も動いてくれず辟易(へきえき)したという。今、本当に迷惑な「ゆとり社員」とは、こういうオジサンのことをいうのだろう。

と、話がやや脱線してしまったが、最後に、榛原氏は「ミスマッチ読書の悲劇」についてこう語る。

「ビジネス本は、書物の中でも明確に『効能』を打ち出しているジャンルです。そういう意味では『クスリ』に近い。ということは、当然、読者の気質・体質との相性もあるし、時には副作用だってあり得るわけです。ですから世間の評価の高い本であっても、今の自分との相性には十分に注意してほしいですね」