『はじまりのみち』で木下惠介監督役を演じた加瀬亮

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俳優というパレットで、毎回多彩な色を見せてくれる実力派俳優の加瀬亮。近作では、『劇場版 SPEC』シリーズの瀬文焚流といった熱い役から、『おとうと』(10)などの好青年役、『アウトレイジ ビヨンド』(12)、『俺俺』(公開中)のキレ役まで、様々なキャラクターを演じてきた。彼の最新作は、『クレヨンしんちゃん』シリーズの原恵一監督が、初の実写映画に挑んだ『はじまりのみち』(6月1日公開)。本作で『二十四の瞳』(54)の名匠・木下惠介監督役を演じた加瀬にインタビューを敢行した。

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加瀬は、本作の主演のオファーをもらった時、原監督の実写映画ということで快諾したそうだ。「もともと、原監督の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦』(02)がすごく好きで、あの素晴らしい作品を撮った監督なら、是非一緒にやりたいと思いました。アニメーションや実写など関係なく、監督って感性の問題だと思いますから」。

本作の舞台は、戦時中、戦意高揚の国策映画作りが強要されていた時代の日本。当局に睨まれた木下惠介(加瀬亮)は、失意のまま療養中の母の元へ向かう。戦局が悪化するなか、惠介は兄・敏三(ユースケ・サンタマリア)と、便利屋(濱田岳)と3人で、病気で倒れた母たま(田中裕子)をリヤカーで疎開先まで運ぶ。「木下監督が巨匠だということはもちろん知っていましたが、だからといって、特に大きなプレッシャーというのは意識しませんでした。いわゆる伝記映画ではないですし、そっくりに演じることよりも、木下監督の精神性の方が大事だと、監督とも話をしていたので」。

原監督とも物語についての方向性は同じで「ただの美談にはしたくなかった」という。「良い人とか悪い人ということを決めつけないで演じるようにしています。人間だから、曖昧な部分も嫌な部分もある。だからなるべく、いろんな気分を感じたまま立っていたいといつも思っています」。

リヤカーで人と荷物を乗せて、山越えをするのはかなり無謀な行為だ。途中で激しい豪雨に遭うが、11月の撮影時、現場もかなり過酷な状況だったそうだ。「撮影用の雨水は、氷水のように冷たく大変な撮影でした。以前に大林(宣彦)監督の『理由』(04)で初めて死体役をやった時のことを思い出しました。あの時も撮影は冬だけど夏という設定で、ジーパンとTシャツで裸足のまま倒れていないといけなくて。その時も雨降らしの水の冷たさに驚き、死体役なのに動いてしまい、監督から『死体は動かさないでください』と言われました(笑)」。

また、クライマックスで田中裕子演じる母と向き合い、感情を吐露するシーンが秀逸だ。「田中さんとのシーンは本当に楽でした。見ているだけでこちらの心が動くから。泣こうと思わなくても田中さんが泣かせてくれる。以前から好きな女優さんでしたが、今回初めてご一緒して、そのすごさを実感できました。普段は気さくでよく笑う方なのですが、カメラの前に立つと、さっと変わるんです。どうしてこういう芝居ができるんだろうと、目の前で見ていてもわからないくらいでした」。

確固たるキャリアを積み、これまで名だたる名優と渡り合ってきた加瀬だが、「未だに全然慣れないです」と苦笑する。「自分が平凡だから、すごい人が来ると、どうやって演じているんだろうと思ってばかりです。毎回、あがきながらやっています」。“平凡”って誰が?その謙虚さゆえに、俳優としてこんなにもしっかりとした地盤を築き上げることができたのだろう。柳のように涼やかに見えて、ものづくりにはかなり熱い。そういう意味で、木下惠介役は加瀬亮にぴったりだと思った。【取材・文/山崎伸子】