Zen Startup CEO 宗像淳氏

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「おまえ、いったい何を考えているんだ」。10年勤めた富士通を退職したとき、田舎の父親から大反対された。東大→富士通→アメリカ社費留学、と絵に描いたようなエリートコースを歩んでいた宗像淳は、当時どんな思いだったのだろうか。

「ご存じの通り、ITビジネスは非常に速く変化しているので安泰な企業などはありません。人材を内に抱え込みすぎている日本企業は、いい技術を持っているのに商品化に出遅れて、海外企業との競争に敗れてしまうことが多いのです。仕事をしながらずっと疑問に感じていて、2年間のアメリカ留学を終えてからは、『会社の外に出てみたい』という気持ちを抑えられなくなっていました」

11年6月にフェイスブックなどソーシャルメディアを使ったマーケティングを支援する会社を創業した宗像。しかし、いきなり起業できたわけではない。富士通退職後の3年間、2つのITベンチャーで経験を積みながら「人も予算もふんだんにはない」環境に体を慣らしてきた。

1社目は楽天。宗像が在籍した2008年当時でも約2000人の社員がいたというが、17万人も抱える富士通に比べれば十分に小規模だ。2社目は三菱商事とミクシィの合弁会社。社員は4人だった。父親をどう説得したのか。

「実家は東北なのでプロ野球好きな父は『楽天ならいいぞ』と(笑)。次の会社は『三菱の金が入っているなら大丈夫だな』とそれぞれ許してくれました」

球団名や社名で安心できるのは、ある意味では幸せな世代である。これからの日本を生きる若い宗像はそうはいかない。

「バブル世代までは上の真似をしながら一生懸命に働いていればよかった。でも、我々はどこを目指し、どうあればいいのでしょうか。どうしてもわからなくて、会社員時代から本を読んだり、英語を勉強したりと模索していました」

留学時代は同級生から「最も転職しそうにない人」だと思われていた宗像。しかし、生真面目な性格だからこそ将来を突き詰めて考え、行動するときは慎重かつ大胆なのである。

ITベンチャーを辞めて自ら起業すると言って挨拶回りをしたら、「暇なら手伝ってよ」と仕事を回してくれる人たちがいた。今も宗像は自らの会社を経営する傍ら、知人の会社からEコマースなどの新規事業立ち上げ業務を個人で請け負って定期収入を得ている。

「個人と個人の関係性で仕事ができる時代になってきたと感じています。だからこそ、きちんとパフォーマンスを出すことは不可欠です。私は求められるレベルの120%ぐらいの成果を出すことを心がけています。相手に満足してもらってこそ次があるのですから」

大企業の一員だったときは自分の能力や成果が数字で見えにくく、守られた立場ながらもぼんやりした不安に悩み続けていた。独立し、会社の名前に頼れない今、眼前の空気は澄んでいる。

受けた仕事はやり遂げるしかない。逃げたら先がない厳しい世界だ。しかし、面白そうなビジネスを考えついたら、すぐに企業にもちかけて、自分の会社で手がけることができる。会社員のときのような制限は一切ない。

今、富士通の同期より稼いでいるという宗像だが、働く目的は金ではない。

「お金は必要だけど目的ではありません。世界も日本も変わっていく中で、自由な立場でそこに関わっていくことが私の働く目的です。今はブームのソーシャルメディアも、10年後はビジネスにならないかもしれない。だから、どんな人材なら必要とされるのか、常に意識しています。個人的には起業と海外留学を増やすことが日本をよくする近道だと信じているので、自分の会社でそのためのサービスをつくりたいと思っています」

気負いなく淡々と語る宗像に、日本人ビジネスマンの新しい力を感じずにはいられない。

(大宮冬洋=文 向井 渉=撮影)