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今年で3回目の恒例イベントとなるFOOD FRANCE2008/2009が4月よりスタートしている。そして、読者の多くが関心を寄せていることだろう。料理の基本となる食材、食文化への造詣が深いフランスと日本。今年は、国内の日本人シェフ1名と、フランスの地方から招聘される6名のシェフたちが、「フランス料理」の今と未来を披露する。そのラスト、第7回目(2009年3月12日〜17日)を飾るのは、フランス北西部ノール・パ・ドゥ・カレ地方で、オーベルジュ「La Grenouillere(ラ・グルヌイエール)」で手腕を振るうシェフ アレクサンドル・ゴティエ氏だ。





紅葉した木々も、手を伸ばせば届きそうな灰色の雲が運んでくる雨に打たれ、残り少ない時間を枝に寄りかかって過ごしているようだ。秋から冬に向けて、季節時計は着実に、針を運んでいる。ラ・グルヌイエールを訪問したのは、そんなある午後のことだった。

カエルが生息する沼地のことを意味する、ラ・グルヌイエール。この一帯は、カンシュ河川の上流にあり、透きとおる水質が、豊富な生物と自然の恵みを、現在まで受け継いできた。そのために、辺りの林間の沼沢地が心地よい散策路を描いている。それこそ、繁殖時期には、カエルが飛び跳ねる姿を各所で見ることができるのであろう。

アレクサンドル・ゴティエの料理には、ずば抜けた瞬発力がうかがえる。彼の才能を育んできたのは、こうした生活環境の影響もあるにちがいない。彗星のごとく現れ、料理界から注目を集める。ここ数年間のプレス記事を見ても、「30歳未満にして、確かな味覚の持ち主」と新進気鋭の側面が絶賛されている。でも、本人は「どんな業界でも、着実に仕事を蓄積していくことでしか、そこに生き残ることはできない」と謙虚な態度を変えない。

サン・トロぺのレジデンス・ドゥ・ラ・ピネード、ラ・ロッシェルにあるレストラン クタンソ、パリのラセールと、2003年、料理人の父親Roland(ロラン)が経営する実家に、シェフとして戻ってくるまでの5年間、他人の窯を味わい、修業を重ねてきた。その後も、スイス、シチリア、モロッコ、パリ、中国、イギリスの各地で開催されるイベントやデモンストレーションに、積極的に参加してきている。

2005年、パリのプラザ・アテネで開催されたFOOD FRANCEに出席した折に、アラン・デュカスから一目を置かれることになる。そこで、提案した一品、実は、デュカスに「見なおしたほうがいいのでは」と批判の評を受けるが、現在ではラ・グルヌイエールの逸品となった、「生焼きの鳩」料理。



自身の料理を「根本的で野性的な味覚」と説明する。素材が新鮮であり、それにこだわりを持つのは、料理人としては当然のことである。アレクサンドルが言う「根本的」や「野性的」とは、もっとも大切な、もしくは感知されなくてはならない味覚を示している。

海にもぐり、魚とたわむれながら海水をごくりと飲み込むと、こんな感触だろうと想像させる前菜の一品は、牡蠣とスズキを「海水」でいただく碗もの。カボチャを薄くリング状のかつら剥きにしたサラダとヨーロッパザルガイ(フランス名「コック」という貝)。ハマグリと表面を焦がしたみかんにアニスが添えられた一品は、ヨードと柑橘類が互いに良さを綱引きしているようだ。旧石器時代を思わせるような、かち割られた石の上の、殻付きウニと海レタス(海草)。子牛のカルパッチョに生クルミとクロラッパタケ。あたかも土の下から顔を出してくるかのように盛られた、セップ(日本名:イグチタケ)のクルミあえ。さっと火に通したオマール海老が、ジュ二エーヴル(日本名:ネズミサシ)と呼ばれる香ばしい枝葉を焦がした間に見え隠れする一皿は、フォークとナイフを離れて、手でいただく。そして、待望の「生焼きの鳩」。デザートに至るまでに、視覚と味覚、さらに食べ方までも形式にとらわれず、アレクサンドルが披露する世界に、ぐいぐいと引っ張られていく。

(写真右) Potiron, coques en salade  カボチャとヨーロッパザルガイ サラダ

(写真左から) Oursin, laitue de mer… ウニと海レタス(海草)
Ceps,cerneaux terroirs… セップ(日本名:イグチタケ)とクルミ
Bulle de chocolat, chocolat yaourt… チョコレートの泡, チョコレート・ヨーグルト




総勢19名のスタッフを率いるアレクサンドルには、レストランとオーベルジュの経営管理という責任がある。余暇を楽しむ時間を多く持ち合わせることはない。同世代の若者たちのように、ネットサーフィンや仲間たちと賑やかな夜を明かすことも好きだが、ゆっくりと読書をする時間も大切にする。現代アートへの関心も高く、パリに上京するたびに、仕事のための打ち合わせの合間に、必ず美術館やギャラリーで過ごす時間をもうける。だからだろう。アレクサンドルの世界観に誘導されていくごとに、皿の盛りつけ方のポイントにも納得される。平皿でも丸皿でも、非対称的なコンポジション、素材と質感にコントラストをもたらす。
日本に一度も訪れたことがないのに、島の恵みにあやかる日本人の味覚に精通する感覚を持ち合わせているように感じられる。しかし、アレクサンドルは「日本文化には、興味はあるけれど、日本料理から創作コンセプトの参考を得たというような意図的な動機はない」という。

「トレッキングとダイビングが好きで、2005年にはキリマンジャロの山頂に登った。次回は、南アメリカの方面を検討しているんだ。高い場所や砂漠、それに、深い場所に身を置くと、日常から逸脱できるでしょう。けれど、もちろん再び日常に戻ってくることが楽しいから」。「少年時代には、山のガイドになるのが夢だった」と、趣味を語るときのまなざしも、未知の世界を開拓する冒険心に満ち溢れるように、輝いている。

(写真右) Noix, trompettes et veau…生クルミ、子牛のカルパッチョとクロラッパタケ

「堅苦しいようにも聞こえるけれど、誇りを持って、一人の人間として料理をつづけていきたい。飾りもの、人工的、かつ表層的な料理を排除し、絶えず根本を追及するために、質問を投げかけていくことが大切でしょう」と語る。将来について、どのような気構えを感じているのか尋ねると、「積極的にとらえているので、きっとより良くなっていくでしょう。この地域の最高の素材を使って料理をつづけていることに変わりはなく、2010年頃までに、1?圏内で入手できる建材や材料を使用して、厨房と宿の増改築作業に入る予定ですよ」と、現実的なプロジェクトについても、次から次へと発展させていく。

(写真右) radis terreau…ハツカダイコンと土

シェフ アレクサンドルは、まさに、感覚の世界地図をどんどんと広げていくような料理人である。
Report by Kaoru URATA / photo c La Grenouillere