「私の宝物、見せてあげる」(コスプレイヤー=E子 撮影=Lucas)

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■「萌え寺」の実績

今まで秋葉原では、住む人たちが下町文化を伝え、働く人たちが消費文化を導き、集まる人たちが趣味文化を育んできました。これらの人々が、次代の秋葉原をより魅力ある街にするために、力を合わせて取り組めることがないでしょうか。

秋葉原のあるイベントに一風変わった寺院が出展していました。東京八王子にある了法寺です。美少女フィギュアのような現代風の仏像を安置する「萌え寺」として有名で、これまで大勢の若者が参拝に訪れています。了法寺の住職によると、秋葉原でよく見かける「おたく」と呼ばれる若者たちは、とても信心深いといいます。目に見えない不思議な力を受け入れる素地があるからかもしれません。若者たちがお寺に集まるようになってから、不審者が寄り付かなくなり、治安もよくなったと地元の檀家さんたちにも評判が良いそうです。

そこで私は、信心深い「おたく」な若者、商売繁盛を願う電気街の人たち、街の治安や安全を守りたい地元住民の利害が一致し、力を合わせられるように、「秋葉原七福神」を創ろうと思い立ちました。七福神とは、恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の7柱の福の神です。江戸時代には七福神を祀る寺社を巡る「七福神巡り」が流行し、今でも正月の定番イベントとして全国で行われています。七福神は、流行に左右されることなく、いつの時代にも世代や立場を超えて受け入れられてきました。これこそ、秋葉原に住む人、働く人、集まる人たちの願いや想いをまとめて、次代の秋葉原のための協働のシンボルに成り得ると思ったのです。

ところが、「秋葉原七福神」の実現には、大きな問題がありました。秋葉原には七福神が全員そろっていなかったのです。

■1回の「出張」で6億円

秋葉原には、神田明神に祀られる大黒さんと恵比寿さんの2柱しか七福神のメンバーがいません。秋葉原周辺には「神田アート七福」という七福神をモチーフとした作品が7か所に置かれているのですが、それは「アート」であり「神仏」ではありません。それでは、福をあやかりたいと願う人たちの「七福神巡り」の対象にはならないのです。

それなら、七福神を秋葉原に勧請(かんじょう)する、つまり、本物の神仏の分霊を秋葉原で新たに祀ればよいのではないかと考えました。しかし、そのためには、膨大な費用が必要になることが分かりました。例えば、2006年、横浜中華街に媽祖(まそ、台湾や中国沿海部で人気が高い海の女神)廟が開廟しました。横浜中華街の新たなシンボルとして、多くの人々が参拝に訪れていますが、この媽祖廟の設置には土地代を含め18億円もの費用がかかっており、地元商店街の皆さんが今もローンの支払いを続けています。秋葉原で七福神のメンバーをそろえるために残り5柱の神仏を勧請するには、横浜中華街の人々のように、よほどの覚悟と団結がなければ、到底、真似はできそうにありません。

そこで、江戸時代に流行した「出開帳(でかいちょう)」のことを思い出しました。出開帳とは、普段は拝むことができない遠方の寺院の本尊を期間限定で招いて拝観できるようにするイベントです。例えば、京都の清涼寺の釈迦如来立像は、出開帳で10回も江戸に「出張」しています。1回の出開帳で6千両(現在の約6億円)の収益を得たとの記録もあります。大勢の江戸の民衆が熱狂して、出開帳の仏像に賽銭を投げつけたので、今でもその時にできたたくさんの細かい傷が、この仏像に残っています。

地方の七福神を秋葉原に招いて出開帳を行えば、秋葉原でも七福神巡りが実現できるはずです。それに、七福神を祀る寺社を秋葉原で管理する必要もないわけですから、秋葉原の人たちの負担も少なくなるし、秋葉原が得意とするいろんなイベントと組み合わせれば、江戸時代の出開帳に負けないくらい、おもしろいイベントを創りだせるかもしれません。

もし、湘南の江ノ島や琵琶湖の竹生島から弁天さまが出開帳に合わせて秋葉原出張用の格好で来てくれたら、出身地の江の島や琵琶湖の情報も合わせて秋葉原から発信でき、地方の広報活動の一助にもなるでしょう。秋葉原が将来、世界中の福の神を招いて本物の「聖地」になっていればと思いながら、秋葉原での出開帳の実現に向けて、早速、秋葉原に関わるさまざまな人たちに協働を呼び掛けているところです。

(梅本 克=文(デジタルハリウッド大学客員准教授))