小田嶋孝司(おだじま・たかし) 1947年札幌市生まれ。1970年北海道大学獣医学部在学中にソ連経由でヨーロッパ・アフリカからアメリカを放浪。1971年ニューヨーク「STUDIO21」に所属し、日本レストランのインテリア施工等の傍ら映画制作等に従事。1972年パリに招聘され、日本建築や和風庭園造営のコーディネーションに従事。パリ大学ソルボンヌ・ヌーベル仏語科終了。1977年CIコンサルテーション会社(株)PAOS入社。常務取締役プランニング室長。1991年(株)SHIFT設立、代表取締役。1999年以降現在まで、武蔵野美術大学芸術文化学科非常勤講師。主な仕事:電電公社民営化(NTT)、NTT移動体通信事業分離独立(NTTDoCoMo)、キリンビール、伊藤忠商事、野村総合研究所、一橋大学イノベーション研究センター、伊藤忠テクノソリューションズ、積水化学、三井不動産リアルティ(三井のリハウス/三井のリパーク)、広島県(観光地ブランド開発)他多数のCI開発/経営コンサルテーション。主な著書:『シンボリック・アウトプット』(プレジデント社)、『健識経営革命』(プレジデント社)、『「日の丸」「君が代」ってなに?日本のシンボルを考える』(毎日新聞社)、『デザイン事典』(日本デザイン学会編、朝倉書店)、「NTTDoCoMoのブランド・アイデンティティ戦略」『一橋ビジネスレビュー』(東洋経済)他。

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日本人にとっておなじみの「〒」マーク。一見しただけで、これが郵便を意味することは一目瞭然だ。
では、このマークがもし、ロケットの機体にペイントされていたとしたら?かたや郵便、かたやロケット。両者が持つイメージはあまりにもかけ離れているため、頭の中で両者を即座に結びつけることができず、「え?ロケットで郵便物を運ぶの?」と戸惑う人も少なくないはずだ。
旧郵政省は、郵便事業だけでなく電気通信や放送行政までを取り扱っていたのだから、ロケットに〒マークを付すというアイデアはあながち的外れではない。だが、そこに私たちが違和感を覚えるのはなぜなのだろう?
CIのエキスパート小田嶋孝司氏との対談後編は、アイデンティティとCIの関係性について考えていく。それはさながら、組織版“自分探しの旅”といったところか。

「本当の自分」なんてものはない?

武田 前回は、小田嶋さんが過去に手がけられた、NTTとNTT DoCoMoのCIプロジェクトについてのお話を伺いました。最終回は、改めて「アイデンティティ」というものに踏み込んでお話ししてみたいと思います。

小田嶋 楽しみですね。

武田 アイデンティティというのは「張り子の虎」のようなものだなと思うことがあります。私たちは「これが自分だ」と言い切れるような安定を求めがちですが、そういったものは実は存在しなくて、自分というのは、まわりの影響を受けながらその時どきで変化していくものなのではないかと思うんです。

小田嶋 「本当の自分」なんてものはなくて、人はひとりでは成立しないということですね。人の間と書いて人間と言うように、お互いの関係の中ではじめて、その人の「特徴=アイデンティティ」というものが浮かび上がります。

武田 集合的無意識で有名なユング心理学を日本に紹介し、文化庁長官も務められた河合隼雄先生が、著書『明恵 夢を生きる』で、このことを「縁起」という言葉を使って説明されていました。

 ある特定のものが、それだけで個として存在することは絶対にありえない、と。それがとてもソーシャル的というか、ネットワーク的というか……企業のアイデンティティも、そのようなネットワークによって成り立っているのではないかと思うんです。

小田嶋 そうですね。あるネットワークに属している人も、さまざまな顔を持っていたり、同時に違うネットワークに属していたりします。

 たとえば、何々県出身というだけで、その人の性格とかがわかったような気になるものです。それに血液型が加わり、星座や干支がクロスされると、そうだよなあ、と、ますますわかったような気になるものです。

 ところが、さらに出身大学がどこで、理系専攻だったとか、家系が元武士だったとか、あるいは長男だ末っ子だとか、どんどん因子が増えていくと、その順列組み合わせが手に負えなくなってしまう。その人固有のアイデンティティは、結局、どの関係から観るか、観察者の関係性のほうに委ねるしかなくなってしまいます。

武田 たとえば、経済活動をして給料をもらうために働いているという集団も、ある側面では合っているけれど、それだけで集まっているわけではない。いろいろな想い、いろいろな狙いがあって、ネットワークが形成されているということですね。

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