メディアによる報道では常に「変化」ばかりが強調される国際政治ですが、近年は「変わらないこと」への戦略的圧力が強まりつつある潮流が見て取れます。

突然ですが皆さん、プエルトリコという“地域”をご存じですか? 3月に行なわれたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準決勝で、日本代表が戦って敗れた相手として記憶されている方も多いでしょう。

プエルトリコはカリブ海に浮かぶ島で、正式には“国”ではなく、アメリカの自治連邦区という位置づけです。

先日、ぼくはプエルトリコを初めて訪れました。世界五大ビーチのひとつに数えられるフラメンコビーチ(クレブラ島)の美しい景観を眺め、真っ黒に日焼けしながら、国家をマネージするガバナンスの多様性について考えていました。

ボストンから直行便で政庁所在地であるサンフアンに入ったのですが、アメリカ国内なので当然、入国審査はなくパスポートも不要。使用通貨も米ドルです。一方、現地の陽気なプエルトリカンが日常的に使用する言葉は英語ではなくスペイン語。まぶしい陽光があふれる街中では、プエルトリコの“地域の旗”とアメリカ国旗が一緒にたなびいていました。

現地の人たちと話してみたところ、彼らは自分たちをアメリカ人だとは思っておらず、あくまでもプエルトリカンという身分を強調します。風土も文化も違えば、米大統領選挙の投票権も持っていないわけですから、アメリカ人という感覚がないのも当然でしょう。

プエルトリコは地理的にいえばカリブの一員でありながら、住人のアイデンティティはコロンビアやベネズエラなどに近い「南米のラテン系」。領土はアメリカ、地理はカリブ、気質は南米。まさにダイナミズムですね。

1898年に勃発した米西戦争をきっかけに、プエルトリコはスペインからアメリカへ割譲(かつじょう)されました。それから100年以上経過しているにもかかわらず同化が進んでいないのはなんとも興味深いですが、現実としてこの体制をアメリカとプエルトリコの双方が納得している。プエルトリコという“国家”をマネージする上では絶妙のバランス感覚だと思います。


現地で知り合った知識人によると、プエルトリコでは常に“ポジショニング”についての議論がなされているものの、8割の人が現状維持を望み、1割の人が選挙権の確保などさらなるアメリカとの統合を希望し、残りの1割は独立派とのこと。アメリカの“属国”であるとはいえ、ほとんどの人が独自の生活様式や伝統文化が保全されている現状に納得しているとのことです。

この話を聞いて思い出したのが、中国と香港の関係です。香港もまた多くの人が現状維持を望み、統合派も独立派も少数です。

国際政治は近年、「ステイタス・クオ(Status Quo)」の時代に突入しつつあるとぼくは考えています。日本語に訳せば、「現状維持」です。

先日、ボストンにあるタフツ大学フレッチャースクールで北朝鮮問題に関するパネルディスカッションに参加しました。「日米中は北朝鮮をどうしたいのか?」という問題に関して、さまざまな意見が出た後、ぼくは「ここでもステイタス・クオが機能している」と総括し、ほかの参加者も納得していました。北朝鮮をめぐり各国の思惑が錯綜しているものの、なんだかんだ言って結局は皆、現状を打開するほどの意思も能力も条件も持たないということです。

プエルトリコや香港、そして極東アジアにとどまらず、世界的に見ても現在は国家間において「何かを変えたい」という強力な力学が働きにくい時代といえます。それが何を意味するのかは今後の研究課題でもありますが、この現実から目をそらして日本の将来を描けるというなら、その理由を逆に教えて!!

今週のひと言


国際政治は「ステイタス・クオ」の


時代に突入しつつあります!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)


日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学ケネディスクールフェロー。新天地で米中関係を研究しながら武者修行中。本連載をもとに書き下ろしを加えて再構成した最新刊『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)が大好評発売中!