挨拶で相手の心をツカむ −「買う気にさせる、怒りを和らげる」決めゼリフ【1】

「仕事に笑いは必要です。でも、本当に大事なのは笑うことや笑わせることではなく、その根幹にある『余裕』みたいなものだと思います」

K.I.T.(金沢工業大学)虎ノ門大学院主任教授の三谷宏治氏が指摘する。三谷氏はボストン コンサルティング グループなどで20年近く戦略コンサルタントとして活躍した経験を持つ。顧客企業との丁々発止のやり取りのなかで、ビジネスマンにとり「余裕」こそが成長の鍵である、という真理に行き着いた。

「余裕があるところに遊びが生まれ、遊びのあるところに創造性や独創性が生まれます。そして独創的なおもしろいアイデアなり提案なりが出てきて、それがお客さんに認められればいいわけです。一方、そうではなくハードワークで認められるとどうなるか。ひたすらハードワークによって応えていくしかないから、そこには笑いもユーモアも生まれない。悪循環が始まります。そうならないために、おもしろさや独創性、ユニークな発想で認められるべきだと思うんです」

格好の実例がある。マーケティングの専門家で日本コカ・コーラ元会長の魚谷雅彦氏だ。日本企業ライオンから外資へ転じ、10年前には40代で日本コカ・コーラ社長に就任した。「爽健美茶」など日本発のヒット商品を育てあげた名経営者であり、米本社の経営陣とアメリカン・ジョークで渡り合うツワモノでもある。

「ユーモアは人の気持ちを動かすコミュニケーションのツールだと思います」

これが魚谷氏の認識だ。たとえば社内の結束力を高めるため、社長就任時に次のような“いたずら”をしかけた。

「当社の行動規範を小冊子にして本社勤務の600〜700人に配りました。ただ配るだけでは印象に残らないので、ボトル型の真っ赤なマウスとパッドを人数分つくり、ある夜一斉に取り替えました。その横に、1人ひとりの名前を刻印した小冊子を置いたのです。翌朝はもう大騒ぎ(笑)。でも、それによって行動規範がより深く気持ちに入ったと思うのです」

この余裕。相手が社員だろうと取引先だろうと原理は同じだ。以下、商談に使える珠玉の実例を紹介しよう。

■挨拶で相手の心をツカむ

「私の体の3分の1はコカ・コーラでできています」
 「これまでに御社のポテトチップスを3000袋は食べました」

戦略コンサルタントが消費財メーカーを訪問するときの殺し文句だ。三谷氏が解説する。

「僕の実家は福井県で食料品店をやっていたので、たとえばコカ・コーラ製品もけっこう扱っていました。僕自身は炭酸が苦手なので飲まないんですが(笑)、利益を考えれば『3分の1』。一心同体ですといっているような感じです。これで相手は親しみを持ってくれるでしょう」

そのコカ・コーラに「命をかけている」というのが魚谷氏だ。

ある年、外資系企業の日本法人に招かれて講演をした。この会社は世界的な伝統企業であり、四角四面の社風である。社員1000人ほどが待つ会場へ乗り込んだ魚谷氏、壇上へ上ると元気よく、

「みなさん、こんにちは!」

挨拶もそこそこに、コカ・コーラのレギュラーボトルを取り出し、ごくごくと一気飲みのパフォーマンス。

「これだけでみんなが笑顔になり、笑い声が響きました。気持ちがオープンになり、スムーズに本題を吸収してくれました。実はその会社も、これからはマーケティングをしっかりやっていかなければいけないという課題を持っていました。だから僕のような広告やプロモーションをいつも考えている会社の人間を招いてくれたのです」

聴衆の目や耳を奪う、みごとな挨拶である。

こんなパターンもある。魚谷氏が一言挨拶したあと、正面スクリーンに写真が大映しになった。赤いジャケットを着た魚谷氏とプロゴルフの石川遼選手が握手をしている。

人気者の登場にどよめく会場。そこへすかさず、

「みなさん、合成写真だと思っているでしょう? 違うんですよ」

聴衆は笑い、前のめりになって講演に耳を傾ける。

「別に僕らは笑わせることが目的ではありません。ユーモアでみんなの気持ちがオープンになると、本題に入りやすくなるのです。遼君とは彼がプロになる前からの付き合いで、お父さんのこともよく知っています。16歳のときから彼は『20歳になったらマスターズで優勝を狙います』といっていて、そのために人1倍練習を重ねてきました。そう話したあとで、志を立てて努力をするのは企業といえども同じです、という本題に入っていくのです」

この場合、石川選手のような「誰もが知っている事例」を最初に持ってくることがコツだという。

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魚谷雅彦 日本コカ・コーラ元会長
1954年、奈良県生まれ。同志社大学卒業後、ライオン入社。83年コロンビア大学でMBAを取得。94年日本コカ・コーラ入社、2001年社長に就任、06年より現職。07年7月より1年間NTTドコモ特別顧問を兼務する。近著は『会社は変われる!ドコモ1000日の挑戦』。
三谷宏治 K.I.T.虎ノ門大学院 主任教授
1964年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業後、BCG、アクセンチュアを経て、2006年より教育世界に転身。現在は大学教授、著述家のほか、子供、親、教師向けの講演者として活動。近著は『経営戦略全史』。

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(文=面澤淳市 撮影=的野弘路)