「海外で年金生活」が話題を集めた時期があった。といっても、過去形にするのは間違っている。海外での長期滞在を支援するロングステイ財団が主催するセミナーや相談会はリタイアした団塊の世代でいつも満席で、ロングステイヤー(海外長期滞在者)の生活を取材する雑誌記事やテレビ番組も頻繁に目にする。

 だが海外生活への関心は、時代とともに少しずつ変わってきている。

 第一次のブームは1997年の金融不安の頃で、「日本の財政はいずれ破綻し円は紙くずになるのだから、日本を脱出して海外で余生を過ごすしかない」と考えるひとたちが現われた。私もこうした最初期の海外脱出組を何人か知っているが、けっきょく日本に帰ってきたひともいれば、現地で家族をつくり根を下ろしたひともいる。

 その後、2000年のインターネットバブル崩壊後の円高で、日本とアジアの国々の物価のちがいを利用して年金を有効活用しようと、海を渡る高齢者が増えてきた。タイやマレーシアが長期滞在の定番だが、フィリピンに向かう独身男性もいて、10年を経て「困窮邦人」が大きな問題になってきたことはすでに述べた。

[参考記事]

●フィリピン・マニラの”困窮日本人”はいかにして生まれるのか?

 2008年のリーマンショック後の“超円高”によって、リタイアした団塊の世代の関心がふたたび海外に向かった。しかし最近は、年金を頼りに海外に永住するというよりも、日本を生活の拠点としつつ、夏や冬の時期だけ海外の別荘(セカンドハウス)にショートステイするひとたちが増えているという。

こうした傾向は、社会の高齢化が進んだことで富裕な高齢者の絶対数が増えたことと、日本経済が長いデフレに苦しんだ結果、もはやアジアで暮らすことが「割安」ではなくなったことから説明できる。

 もちろんいまでもアジアのほとんどの国は日本より貧しいが、バンコクやクアラルンプールといった大都市で外国人向けのコンドミニアムに暮らし、日本料理店に通ったり、日本の食材を定期的に購入すれば、日本よりもずっと生活コストが高くなってしまう。アベノミクスで円安が進んだため、現地通貨で換算した年金が目減りして悲鳴をあげている退職者は多い。

 こうしていつのまにか、生活防衛のための海外生活は、富裕な高齢者の「第二の青春」へと変わっていった。

 しかし元気な高齢者も、10年後、20年後には介護の問題を抱えることになる。高齢者の増加と社会保障費の膨張を考えれば、そのときに日本の介護保険や医療保険制度が現在のまま維持できる可能性はかぎりなく低い。

 このようにして、海外で日本人の高齢者に介護サービスを提供するビジネスが模索されるようになった。

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