”間違った方向”へ努力をしている…木暮太一氏が語る「安月給」の人の思考法

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アスコムから出版された『ずっと「安月給」の人の思考法』(木暮太一氏著、定価1300円+税)。タイトルだけで十分刺激的だが、実際に読んでみても、資本主義社会に生きる我々が企業で働く意味や仕組み、今後どう生きていけばいいかを示唆してやまない内容となっている。今回は、著者の木暮太一氏に、この本を書いた意図などについて、大学で”経済学を勉強したはず”の筆者が、その一言一言に驚き、感嘆しながらインタビューした内容をご紹介したい。

――これまでの著書で「マルクス経済学」を分かりやすく解説されてきた木暮さんの本領が今作でも発揮されています。給料の額が決まる仕組みを、マルクスが書いた『資本論』をもとに、さらに丁寧に説明していますね。

昨年出版した『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』(星海社新書)でも、マルクスの理論を紹介しながら、資本主義経済の枠組みと、その中に置かれた労働者の立場を説明しました。ありがたいことに多くの読者に読んでもらえたのですが、「なぜ働くことがしんどいのか理屈は分かったけど、それをどう変えていけばいいかが分からない」という反応もあったんです。そこで今回は、具体例を挙げながら、「なぜ、給料が安いのか」「どうすれば給料を上げることができるか」を伝えることを心がけました。

――「成果を出しても、給料が上がるわけではない」という指摘には驚かされます。

「だから仕事をがんばらなくてもいい」というわけではありません。僕自身は、仕事にかかわらず、何事も一生懸命にやらなければおもしろさも分からないと思っています。ここで言いたいのは、資本主義経済の仕組みでは、個人の成果がダイレクトに給料の額に結びつくわけではないということです。景気の良し悪しも同じです。なぜなら給料は、成果や景気ではなく、「労働者が明日も働くための必要な経費」で決まっているからです。

そのルールを知らない人がとても多い。がむしゃらに仕事をしているビジネスパーソンがよく、「同僚より何倍も結果を出しているのに給料が変わらない」と嘆いていますが、マルクスの理論でいえば、それは当たり前なのです。給料を上げたいのなら、成果を出そうと努力するより、他にやるべきことがあります。間違った方向に注がれているエネルギーを正しい方向に向ければ、苦しい状況も改善されるはずです。それをこの本で示しました。

――多くの労働者が無駄なストレスを抱えているんですね。

読者からのメールには、このような内容もありました。「給料が安いのは自分が無能だからだと思い、仕事にすべてを捧げていました。でも、給料が能力で決まっているのではないと分かり、安心しました」と。パソコンに向かって泣いているのではないかと心配になります(笑)。給料の額は評価の表れではないと知っていれば、ここまで追いつめられることはありません。資本主義経済のルールを知ることは、自分の状況を客観的に見る視点を加えることなんです。

――私たちが「成果を出せば給料が上がる」と思いこんでいるのはなぜでしょう?

資本主義経済がなんたるかを教えてくれる本が少ないからです。日本では同じ会社で働く人間を仲間と考える意識が強い。会社の経営者と、自分たち労働者まで「対等な仲間」と考えてしまうんです。だから、稼ぎはみんなで分けるという暗黙の了解が生まれ、成果が上がれば分け前も増えると思ってしまうのではないでしょうか。

――経営者と労働者には、どのような立場の違いがあるのですか。

極論を言ってしまえば、経営者にとって、労働力はあくまで「仕入れ」の一つです。会社は仕入れた原材料を使って商売し、利益を生み出そうとします。労働者はそのうちの原材料なんです。経営者と労働者は真逆の立場にあるわけです。そして、給料の額は、労働者が労働力を作るのに必要なコスト、例えば、エネルギーを満タンにするための食費や住居費、知識・経験を身につけてもらうための学費や研修費などの総額が基準になります。経営者から見れば、大きな成果を出す労働者は、「予想より大きな利益を生み出す材料」、つまり、「コスパのいい労働者」なのです。