一見、矛盾した問題がいくつも絡み合う、今の日本の雇用環境。あらゆる影響を考えないうちに“解雇の自由化”だけを実施すれば、労働市場全体が壊滅状態になる恐れもある

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安倍内閣による“解雇の自由化”は、どうやら参院選前の提出は見送られる可能性が高くなってきた。しかし近い将来、この議論は必ず復活する。一方で、この“自由化”は意外や、週プレ世代にはチャンスという見方もあるとか? 問題の本質を検証する。

■「自由化」すれば解決できるのか?

今年に入り、世間をビビらせ続けてきた安倍内閣の“クビ切り自由化”法案―。1月より開催されている政府の有識者会議「産業競争力会議」は、経済学者の竹中平蔵氏(人材派遣会社パソナグループの会長でもある)、楽天の三木谷浩史会長兼社長、ローソンの新浪剛史社長らをメンバーとし、「正社員の解雇規制の緩和」に向けた議論が進められてきたことは、本誌読者ならご存じのはずだ。

ある経済産業省のキャリア官僚はこう語る。

「この政策会議は、自他ともに“小泉の後継者”を自負する安倍首相が、第1次安倍内閣(2006〜07年)でやり残した課題のリベンジ!という意味合いが強い。小泉さんのもとで活躍した竹中さんがメンバーなのもそのためです」

この会議で議論されてきたことをざっくりまとめると、

(1)成長産業をどんどん伸ばす

(2)成熟産業(もう成長しそうにない産業)から成長産業へ労働力をどんどん移行させ、産業界に「新陳代謝」を起こす

(3)同時に、会社のお荷物になっている正社員もどんどん入れ替え、組織にも「新陳代謝」を起こす

(4)そのためには「人材の流動化」「労働市場の活性化」が必要だ

(5)そして「強い日本」をつくる!―となる。解雇自由化も、会社と産業界の「新陳代謝」のためには必要というわけだ。

ただ、多くの人を震撼させてきたこの法案、来月にまとめられる「成長戦略政策」には盛り込まず、今回は「見送り」になる気配が、GWあたりから濃厚になってきた。

「あまりに世間の反発が強いので、参院選前に提出するのは回避する方向です。ただし、参院選で自民党が大勝して盤石の基盤を築けば、遅かれ早かれ、また議論にあがるでしょうね」(前出・経産省官僚)


ということで週プレとしては、この“クビ切り自由化”法が近い将来に現実化したときを想定し、いま一度きちんと検証しておこうと思う。なぜならこの問題は、週プレ読者世代がこれから数十年、どんなふうに働いていったらハッピーになれるか考える、最適の素材となるからだ。

まず、産業競争力会議(以下、「会議」)で提案された雇用に関する議題を、ざっと検証してみたい。

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●「クビ切り自由化」は、若者にはメリットが大きいって本当?

前出の経産省官僚が語る。

「普通の若者は正社員になれないのに、無能なオジサンが会社に居座っている現状を変えられるのだから、『解雇規制の緩和』は、若い世代にとってはメリットのほうが大きいはずです。ただ、当然、今度は自分がオジサンになったときに解雇される可能性もあります」

それって20代、30代のときだけさんざん働かされてポイッとされちゃう可能性があるってこと?

●そんな将来不安も、その時代時代の人手不足産業(=成長産業)に移動し続けていければ解消?

日本では「業種を超えた転職」は非常に少ないが(理由は後述)、転職・再就職支援を積極的に行なう方向で議論は進んでいる。

「厚生労働省も助成金の権益を得られるから、ぜひ実現させたいと考えています」(前出・経産省官僚)

確かに「景気のいい業界」を一生渡り歩いていけたら、失業の不安はない。しかし気になるのは、例えば「人手不足が深刻な、成長中の産業」の代表である介護業界ひとつ見ても、そこは極めて給与の低い、そして将来的にも上がる可能性の低い労働環境であったりする点だ(“やりがい”はまた別の問題です。念のため)。

日本の労働生産性の低さは「会議」でも問題視されているが(OECD加盟34ヵ国中18位。2011年)、とりわけ(飲食なども含めた)サービス産業のそれは低い。こうした仕事は人手を減らそうにも限界があり、結果、ひとりひとりの給与を低く抑えるしかない。しかも日本は世界で最も「安くてよいサービスが当たり前」の社会。社会学者の山田昌弘氏が語るように、「消費者には天国、労働者には地獄」の国なのだ。

しかし「会議」でのメンバーのやりとりを見ていると、どうも「労働生産性の高い産業」と「成長産業」をごっちゃにしてるように思えてならないのだが……。


●「準正社員」雇用ルールって?

これも「会議」で提案され、導入の可能性が高いアイデア。異動や転勤がない分、福利厚生はあるが賃金は数割減、事業所の閉鎖時には解雇も可能という雇用形態だ。正社員とパートの中間といえる存在で、子育てから復職した女性にはお得!とされているが……一般の男子にはちとつらい?

●転職会社が自分に最適な会社を紹介してくれるから大丈夫?

「会議」では、ハローワークや転職支援会社の活躍に大きな期待がかけられている。ただ、転職市場がさほど大きくない今でさえ、「大企業に就職希望が殺到し、中小企業は人手不足が深刻」というミスマッチが起きているのに、そんな“大役”を転職サービスが担えるのか? もっとも「会議」では、「失業期間を短く、スムーズな転職を実現させる」と語られているが、「転職で給与が増える」とは誰も言っていないが。

ちなみに今年3月、ハローワークの非正規職員2200人が契約打ち切りとなっている(ハローワークは全国3万2000人のスタッフのうち6割以上が非正規社員で、主に窓口で働いている)。ハローワーク職員がハローワーク通いなんて冗談みたいな話だが、こんなちぐはぐな政策やってて大丈夫なのだろうか……?

●そもそも「規制緩和=自由化」すれば、状況は改善するのか?

過去、政府の諮問会議で提出された雇用・教育に関する改革案が、実際に「現場」で何が起き得るかきちんと考えずに実施されたとき、何をもたらしてきたか? 記憶に新しいものを挙げても……。

(1)ゆとり教育→「総合的学習」指導に戸惑う先生たちと、子供の塾通いの過熱!

(2)派遣法の規制緩和→グッドウィル、フルキャストなどの新興派遣会社の大繁栄と相次ぐ不祥事。そして派遣切り。3・11後は原発作業員に対する悪質ピンハネ!

(3)新卒の採用活動解禁→就活に明け暮れる学生続出!(今回の「会議」で解禁日を再び“後ろ倒し”させる方向だが、日本の産業界は「協定に加わっていない外資系に優秀な学生を独占されてしまう」と反発している)

果たして規制緩和=自由化は、当初の目的である「多様性」を生み出してきただろうか?


■ではどうすればいいのか考えよう

人事コンサルタントの平康慶浩(ひらやす・よしひろ)氏はこう語る。

「とりあえず『準正社員』で雇って、不要になったら解雇。官民ともに転職支援サービスが次の仕事をすぐに紹介してくれるけど、紹介先は『準正社員』か、固定賃金が低い仕事ばかり。一方、新卒一括採用時に優良企業で正社員となれた人たちは転職市場=労働市場に出てこない。結局、『労働市場』全体のイメージが悪化し、『安い市場』と認識されてしまう。このままではそんな状態も生み出されかねません」

一部上場の超有名企業から“グレー系”企業まで、120社以上の人事制度を設計してきた平康氏は、「労働市場の活性化」という「会議」の大目標には全面的に賛成しつつ、この改革案に致命的に欠けているのは「企業サイドの変革」だと指摘する。

「すべての市場は、需要と供給のバランスで成り立ちます。『労働市場』だったら、売り買いされる商品は労働力。それを需要するのは企業、供給するのは働く人です。

今回の『会議』では『準正社員』ルールとか再就職支援とか、(今回は見送られそうですが)解雇を容易にするといった提案がされましたが、どれも供給サイド(働く側)の調整なんですよね。しかし『市場』というものは、需要サイド(企業)も同時に変わらなければ絶対に活性化しません

では、雇う側(企業)は何を変えるべきなのだろうか?

「人材活用における、『業務の明確化』です。そもそも、人の優秀さに『絶対的な基準』なんてありませんよね。しかし、その組織にとっての『優秀さ』というのはある。それぞれの企業(需要サイド)が、従業員に求める『スキル=優秀さ』をあらかじめ明確にし、そのスキルを発揮できる環境を整えることで、労働力のマッチング基準も明確になり、企業も労働者も双方が納得できる関係で働けるようになるのです」

まだ漠然とした理解だが、極めてまっとうな提案に思える……しかしなぜ日本企業には、そういう慣習がないのだろうか。

「高度成長期からバブル期にかけ、日本は社会全体が右肩上がりで成長してきた。そこでは新卒を大量一括採用し、終身雇用・年功序列と引き換えに、単身赴任でも異動でも残業でもなんでも引き受けてもらう。業務の線引きはあいまいなまま『使い勝手のいい人材』こそ優秀とされてきた。これが日本の総合職の典型です」

なんでもできるが、特に何もできない人材であふれていると。

「労働市場の観点からいえば、日本は『社内の転職市場』が世界的にも類を見ないほど発展したため、業種内・業種間の『転職市場=労働市場』はさほど発展してきませんでした。社員サイドも、自分のスキルを『社外』に通用するカタチに磨く機会がなく、『人生の選択肢』を会社任せにしてきたともいえます。もっとも、会社の将来さえ安定していれば、それでも困らなかったんですよ」


でも、そんな時代は終わった。

「そして今の日本企業で起きているのは、『明確なスキル』を磨く機会がなかった社員に対し、会社サイドはそれなりに発展してきた転職市場=労働市場を横目に『あなたの代わりはほかにいるよ』とほのめかし、結果、社員はモチベーションも上がらず、忙しくなっても給与は増えないという状況です。しかし、これでは会社の生産性だって上がらない。会社も社員も不幸な話です。そのためにも、会社も働く人も『職務スキル』を明確にすることであらゆる人材の流動性を高め、分厚い層による転職市場=労働市場を形成することが必要なんです」

でも、それは会社サイドにはどんなメリットがあるのだろう。

「まず、労働生産性が上がります。というのも、職務を明確にし、人材を的確に入れ替えることで、抜本的な改善・改革に結びつくイノベーションが起きやすくなるからです。要は、マンネリはダメっていう話ですね。さらに、業務内容を明確にして初めて、必要なスキルを効果的に教育し、『より優秀な人材』を早く育てることができます」

え? 日本企業は、新人をイチから育ててくれる優しい組織なのではなかったっけ???

「日本の企業で行なわれてきたのは『教育』ではなく『習熟』だったんですよ。つまり、ひたすら経験を通して学んでいくカタチ。実は、日本企業が社員教育にかけているお金は、先進国のなかでも極めて低いんです。それが、日本企業の生産性の低さの大きな要因ともいわれています」

会社が業務を明確にしていく意識改革をすれば、社員も早く成長でき、会社も儲かると。

「私が理想とするのは、会社がハッピーを追求した結果、従業員もハッピーになった、という社会です。それを実現するのが本当の労働市場改革だと思っています」

今、日本の労働市場は殺伐とした方向に向かっているように見える。しかしポジティブにとらえれば、この過渡期は、ひとりひとりが会社にしがみつかず、自分の人生を選択することができる社会をつくるチャンスでもあるのだ。週プレは今後も(たまにはマジメに)そんな提案をしていきたい。