■誰もが引き込まれた「脳卒中」の実体験とは

脳科学者であるジル・ボルト・テイラー氏は、プレゼンカンファレンスTEDのステージで本物の人間の脳を披露すると、右脳と左脳をぱっかり割ってみせた。観客が一瞬どよめくが、彼女は「脳は左右分かれて異なる働きをするものであり、脳梁がそれをつないでいる」と説明した。

私たちの日常で、本物の脳を見る機会などそう得られるものではない。ジル氏は観客の目をしっかりとステージに釘づけにした上で、それ以上に衝撃的な話を繰り広げていった。

ある朝、ジル氏自身に異変が起きたという。右脳と左脳がバラバラの働きをはじめ、ぼんやりと穏やかな考えと、論理的な思考が交互にやってくる。自分で左右の脳を制御できなくなり、右半身が麻痺していくことから、とっさに「自分は脳卒中だ」と感じたという。

脳を知り尽くした科学者が「自分は深刻な事態にある」と察知したことは、想像に難くない。けれども、彼女が発した言葉は「これってスゴクない!? 脳卒中を内側から観察できる!」。脳科学者ならではの言葉に、思わず笑いが起きた。そして、人間は脳卒中によっていかに思考力が落ち、体の運動能力が衰え、一貫性を失い、言語、感覚……ひとつひとつの機能を奪われていくかを、体の内側からつぶさに経過観察していくさまを説明していった。

■話に引き込む2大要素「信頼性」と「専門性」

その稀有な体験と、よどみない言葉で映像を見ているかのように語られる専門家の話は、本物の脳を見せられる以上に人の興味を引きつけていく。ジル氏に限らず、実際の経験から生まれた話は、固い地盤の上に築かれた家のようにゆらぐことがなく、安定感がある。なぜなら、頭の中にある映像を再生するように話していくため、言葉に詰まることもなければ、話の流れを模索する必要もないからだ。話し手にもゆとりが生まれて緊張感も和らぎ、聞き手との間にも穏やかな関係が築けるようなる。

また、自らの専門知識がちりばめられた体験談なら、具体的な観察眼でいっそう映像をイキイキとさせられるし、熱意も伝えやすい。情報心理学では、話し手の「信頼性」と「専門性」が、話を受け入れてもらうときに作用する2大要素だとされている。信頼性についてはまた詳しくお伝えするが、つまりは話し手の専門性に近い話ほど、内容への信頼度も高まっていくというわけだ。

さらにはジル氏のようなインパクトが強い事例ならば、そのときの出来事や感覚をそのまま表現することで、より鮮明なイメージを与えられる。そのため、聞き手が実際に目撃していたかのような強い印象を残すことができるのである。

■誰もがもつ専門性をストーリーに生かす

仕事をしていく上で、誰でも専門分野や得意なジャンルはお持ちだろう。経理でも営業でも、電卓の叩き方から書類の整理方法まで「自分にとってはただの単調な業務」でも、分野や所属が違う人間にとっては驚くような“技”や“興味深いエピソード”などが隠れているかもしれない。まずは自分の専門分野の中で、人が興味を示すポイントを探し、それを実体験として話に盛り込み、「先が知りたくなる」ストーリーに仕立てて伝えてみよう。

たとえば、知人が途上国支援(ODA)で、モンゴルの遊牧民に向けて郵便施設をつくっている、という話を聞いたことがある。草原を移動する生活で住所が定まらない遊牧民を相手に、どうやって住所を特定するのか? という疑問がわいてこないだろうか。

知人によると、まずは住民の居場所を把握するために、GPS衛星で人の居場所を特定するシステムの案が出たという。けれども、草原の中では電力供給は不安定だし、果たして正確な把握ができるのか、インフラ、経費ほかさまざまな問題が考えられる。専門チームが最先端の技術を模索していった……が、結局は、私書箱を用意して遊牧民が自分で取りに来る、というオチになったそうだ。

本来なら高度な技術を使った真剣な話ながら、ここでは実体験を交えてストーリーに乗せて語られたため、ドキュメンタリに少し笑いの要素を加えたかのように興味深かった。話し手の専門分野で、実体験を交えた話ほどおもしろいものはない。自分の中に眠っている専門分野に絡めた経験を呼び覚まして、商談やプレゼンでのつかみから本題にまで、広く生かしてみよう。それも、わかりやすくストーリーに乗せて語られていれば、どんなに専門性が高い話でも聞き手は先が知りたくなり、エンターテインメント性すら帯びて、あなたの話に引き込まれていくこと請け合いだ。

(上野陽子=文)