図1:噂の分類

写真拡大

人が集まると自然に花が咲くのが噂話。もし「悪い噂」が立ったら、どうそれを回避していくのか。逆に、「いい噂」を広めるための必殺技を紹介しよう。

■巷の会社には、どんなトンデモナイ噂が流れているのか

「社長と経理のAさんがデキているんだってさ。この前、営業のBさんが銀座で飲んでいたら、帰りがけに2人が仲良く歩いているのを見たんだって。それに打ち合わせと称して、2人はよく社長室にこもっているじゃない。どう見たってあやしいよね」

これは大手電機メーカーの系列IT会社で、誰1人知らぬ社員はいないというくらい有名になっている噂である。

Aさんはアラフォーの独身女性。前髪に紫色のメッシュを入れ、いつも柄物のハデなワンピースを着込み、会社勤めには不釣合いなケバイ雰囲気を漂わせている。一方、40代後半の社長は、現在の会社を本体から独立させた誰もが認めるヤリ手で、Aさんに対する寵愛ぶりを他の役員連中はとがめようともしない。だからなのか、当の2人は平然としている。

噂は人が集まるところに必ずといっていいほど立つもの。それも悪い噂やヤバイ噂ほど人の関心を呼んで、瞬く間に広まっていく。

ある不動産仲介会社の全国各支店の支店長には女性秘書がいて、必ず支店長の“お手つき”になると噂されている。「どうやら会社のトップが秘書との不倫を容認しているみたいだ。きっと自分も支店長時代に同じようなことをしてきたからなんだろう」と中堅の営業マンは顔をしかめながら話す。

一方、マンションを1室仲介すると、3000万、4000万円の仕事になり、それに見合ったインセンティブがつくので、ハデに遊んでしまう営業マンが少なくない。そこで出てくるヤバイ噂が借金に関するもの。キャバクラ通いをしているうちに、お気に入りの女の子ができて、バッグや宝石を貢ぐようになる。やがて自分のサラリーでは間に合わなくなって、サラ金に手を出してしまう……。

「ついこないだまでトップクラスの営業成績を表彰されていたのに、借金でクビが回らなくなったという噂がよく出る。なかには顧客から預かったお金に手をつけたっていうトンデモナイ噂も飛び出したりする。不動産仲介は顧客との信頼関係が大切で、そんな噂が立っただけでも左遷ものだ」と先の営業マンは話す。

どうやらこうした「不倫」と「借金」に関する噂はヤバイ噂の“双璧”のようだ。だが、それに限らない。某外資系システム会社では「あの子って頑固で、一緒に仕事をしていても協調性がなくって本当に困るわ。会議でも人の話を聞いていないでしょう」といった、どこにでもありそうな話が会社人生を左右するヤバイ噂に化けていく。

外資系の企業は、評価ポイントの下位10%の層の社員を入れ替えるような人事システムを採用していることが多い。そのクラスに入れられたら「クビ」ということだ。営業マンなら売り上げの数字が明確で公平な評価がしやすい。逆にシステム会社のようにチームでプロジェクトを担当するような場合だと、個々人を公平に評価するのは難しくなる。

そこで頭をもたげてくるのが「他人を蹴落としてでも自分が生き残ろう」というよからぬ気持ち。「何の協力もせず、仕事の手を抜いている」といったあらぬ噂をわざと広めて、評価者である上司の耳に伝わるようにする。協調性のなさを際立たせるために、ランチに誘わないことすらあるそうだ。こうなってくると、もうイジメというほかない。

また、こうした社内の裏事情をマスメディアなどの外部の人間に話したりすると、犯人探しを徹底的に行うという有名企業もある。犯人とおぼしき社員が浮かび上がってくると、確たる証拠がないにもかかわらず、閑職に左遷するなど人事で報復するという。何とも恐ろしい話である。しかし、なぜ人はヤバイ噂を口にしてしまうのだろうか。

■人が好き好んで噂を口にする深層心理って何

私たちは「噂」という言葉を耳にすると、「悪口」「誹謗」「中傷」といったネガティブな印象を抱いてしまう。しかし、マスメディアが存在していなかった中世において、噂は重要な情報の伝達手段だったのだ。

「噂の語源は『浮沙汰(うわさた)』です。中世の裁判で物事の是非を判断する際には、世間を流れる『沙汰』がその判断材料になっていました。近代になってマスメディアが発達し、信頼できる情報源として認知されていくなかで、情報伝達手段としての噂の相対的な地位が下がり、負のイメージが強くなったのでしょう」と、社会心理を研究する成城大学文芸学部の川上善郎教授は語る。

そんな噂をタイプ別に示したものが図1である。「社会情報としての噂」の最たる例は原発事故による風評だ。科学的なデータの裏付けがないのに、日本の農産物や工業製品が放射能に汚染されているという流言が世界中に広まった。2番目の「おしゃべりとしての噂」が、今回問題としている会社の上司や同僚、そして部下に関するゴシップやヤバイ噂なのだ。最後の「楽しみとしての噂」はいわゆる都市伝説であり、話し手も聞き手も真実ではないだろうとわかっていながら楽しむ怪談話もここに含まれる。

では、問題のヤバイ噂が口伝で広まってしまう仕組みについて見ていくことにしよう。図2は川上教授が自著『うわさが走る 情報伝播の社会心理』のなかで示した心理学者のエドナーとエンキの研究による「ゴシップ・エピソードの基本的な構造」である。

注目すべき点は、ゴシップ話を始める際には慎重な手続きが必要だということ。すぐには具体的な話を切り出さず、「いうのを忘れていたんだけれどもね」「ここだけの話なんだけれどもね」などと始める。相手が「えっ何」と関心を示したら、「実は社長が経理のAさんとデキているって……」というように話をつなぐ。この一連の過程で、社長とAさんというターゲットの“確認”を行い、そのターゲットに「不倫=ふしだら」という“評価”を与えて準備完了というわけだ。

そして、「2人が仲良く歩いているとこを見た」といった“説明”が加えられたり、「実は私もそう思っていた」というような“支持”が与えられる。また、「そういえば、よく2人だけで打ち合わせをしているじゃないか」と“拡張”させてみたり、「あんなケバイ格好で会社に来るAさんの感覚が信じられない。それを許している社長もおかしい」と“誇張された感情”を示したりすることで真実味が増幅されていく。

ここで図2の参加者の反応に“挑戦”が含まれている点に注意してほしい。「これはターゲットの評価に対する『私はそうは思わない』という反対意見の表明のことです。評価の段階でこの反応が返ってきたら、『そうなんだ』となって噂話は中断されます。最初に話を切り出した側は、相手が自分に同調してくれる仲間内の人間かどうかを準備の段階で確認しているのです。いい換えると、相手が自分の仲間のなかに入ってくれるかどうかで、『内集団』『外集団』が形成されるわけです」と川上教授は指摘する。

とくに「女性は噂好き」といわれるが、もしかしてこの“仲間づくりの機能”が関係しているのかもしれない。代表的な“女の園”である銀座のクラブでナンバーワンホステスも務める心理カウンセラーの塚越友子さんは次のようにいう。

「1つのクラブのなかにも、指名上位を競う『売り上げさん』を中心に複数の『ヘルプ』から構成されるホステスのグループがいくつもできています。そして『別グループのあの子はお客からお金を巻き上げる』『プレゼントをねだる』といった噂が常に店内を飛び交っている。グループをまとめる『集団の凝縮性』の要素には『保護』『安全』などとともに『共通の敵』があって、そうしたヤバイ噂をささやき合うことで共通の敵をつくり、お互いに仲間意識を高めているのです」

ことわざに「人の噂をいうは鴨の味がする」とあるように、噂、それもヤバイ噂ほど口にするのは楽しいものなのだろう。それで仲間内の結束を固められるのならなおさらだ。ビジネスマンが仕事帰りに、社内の噂話を肴にしながら楽しそうに1杯やるのも、そんな深層心理が働いているのかもしれない。

■どうしてヤバイ噂ほど広まってしまうのか

「そもそも人は、自分の関心のない領域のことで噂など立てないものです」と指摘するのは、企業の危機管理のコンサルティングに携わっているエイレックスの江良俊郎社長だ。そして、危機に直面した企業の実態をつぶさに見てきた江良社長が、自らの経験を踏まえながら話す。

「コミュニケーションがうまく取れていない風通しの悪い組織ほど、不満が溜まって危機に陥りやすくなります。その不満と表裏一体の関係にあるのが、社内のヤバイ噂なのではないでしょうか。たとえば、総合職、一般職、派遣社員など同じ職場にいくつもの階層がある組織だと仕事の内容や処遇で不満が鬱積していることが多く、社内の不祥事などの噂が広まりやすいようです」

ブログをはじめソーシャルメディアが普及したうえに、雇用の流動化で社員の愛社精神が希薄化したことで、不祥事など社内の噂話をネットに書き込もうとする際のハードルはひと昔前より低くなっている。それで一大スキャンダルに発展し、会社の社会的信用を大きく傷つけてしまうこともありえる。ただし、面白半分で書き込みをするわけでもなさそうだ。

実は噂が本来持っている機能の1つに「制裁機能」がある。前出の川上教授は「居酒屋でビジネスマンが『あいつは始業時間の朝9時になっても新聞を読んでいて仕事をしない。ちょっと営業成績がいいからといって、部長のお目こぼしを受けているんじゃないか』といった噂話をしていることがあります。自分たちはルールを守っているのに公平に扱われていないといった不満から、制裁を加えているわけです」という。

冒頭のIT企業の不倫にまつわるヤバイ噂の場合、「社長は経理の女性を寵愛し、1人だけ依怙贔屓している。それはズルイことだし、とても許すことなどできない」という潜在意識が社員の間に徐々に芽生えていたのかもしれない。それで全社員が知るヤバイ噂へと広がっていったのではないか。不祥事の噂をネットに書き込もうとするのも、会社に対する制裁の意味合いがあるのだろう。

そして、ここで紹介したいのが「R=i×a」という“噂の基本公式”である。噂の流布量(Rumour)は、当事者に対する問題の重要性(importance)と、その問題に関する証拠の曖昧さ(ambiguity)との積に比例することを示したもので、心理学者のオルポートとポストマンによって公式化された。

社会的に責任のある立場にいる会社の社長が不倫というスキャンダルを起こせば、その影響は大きくなり、事の重要性は否応なしに増す。しかし、本当に不倫をしているかどうか、いくら状況証拠を集めたところで、本当のところは当事者にしかわからない。その結果、噂の基本公式に則り、不倫というヤバイ噂の流布量がどっと増える。

一方、経済の成熟化に伴って生産・開発主導からマネジメント主導の企業組織に移行するなかで、人間関係が変化している点に注目しているのが塚越さんだ。

「いま、管理する側の人間に自分がどう見られているか異常に気にする人が増えています。自分のポジションを守ろうとするからなのですが、それが次第に高じていくと攻撃は最大の防御とばかりに『人を蹴落としてでも、自分のポジションを確保しよう』となってきます。そうした社会のことを社会学者のヤングは『排除型社会』と呼んでおり、そこで人を蹴落とすために頻繁に使われるのがヤバイ噂なのではないでしょうか」

先に紹介した外資系システム会社のケースは、排除型社会の典型例といえるだろう。排除のターゲットに据えられて噂の対象になっているのは、自分たちの内集団に属していない孤立無援の人間。しかし、内集団に入っているからといっても、安心はできない。何かの拍子で集団から弾き出されてしまったら、同じようなつらい目にあうかもしれないからである。それゆえヤバイ噂話のボルテージをアップさせ、内集団への帰属意識をアピールするとともに、さらに仲間を増やして集団の強化を図ろうとするのだ。

よく「出る杭は打たれる」といわれるが、いくら仕事の成績がよくても組織のなかで一匹狼的な存在であると、排除の槍玉にあげられやすいのかもしれない。なぜなら、何かヤバイ噂が持ち上がったとき、「そんなことないだろう」とカバーしてくれる仲間がいないためだ。ちなみに銀座のホステスの世界では突出して売り上げ実績が高いと、「枕営業をしている」などとやっかみ半分のヤバイ噂を流されることが多いそうだ。

■身に覚えのない噂をやりすごすベストの方法とは

川上教授は「自分の身に覚えのない、たわいもない噂でしたら、『人の噂も75日』ではありませんが、そのまま黙ってやりすごすことも手でしょう」という。ナンバーワンホステスで、根も葉もない噂をいくつも流されてきた塚越さんは、そうした川上教授のオススメの方法を実践してきた1人でもある。「ポイントは自分のセルフモニタリングの機能をわざと低くすることです」と塚越さんは話す。

セルフモニタリングとは、自分の行動や感情を自分自身で客観的に評価して調整しようとする機能のこと。セルフモニタリングを高めると、周囲の人の目が気になり、それに自分の行動を合わせようとして神経過敏になってしまう。身に覚えのない噂にいちいち反論していると、心身ともに疲れ切って、仕事をやめざるをえなくなるかもしれない。そうなったら噂を流している相手の思う壺だ。

そこで自分が何か行動を起こす際に、「人の目を気にしてなのか」、それとも「自分の本心からなのか」をチェックし、前者の割合を減らしていく。すると周りの視線や雑音が気にならなくなっていく。

「そうでもしないと、銀座のホステスは務まりません。なにしろホステスが2人顔を合わせれば、口をついて出てくるのは人の悪口やヤバイ噂ばかりなのですから」と塚越さんは笑いながら話す。

しかし、まったく身に覚えがない不倫、セクシャルハラスメント、金銭トラブル、不正行為などで故意に自分を貶めるような噂を流された場合は話が別。

前出の江良社長は「そうした噂が社内に広まっていることを掴んだ段階で、会社サイドはその真偽の調査に必ず入ります。もし、事前に自分に関する放置できない噂が流れていることに気がついたら、信頼できる上司などにすぐ相談することが大切です。でないと、一方的な人事評価のダウンや左遷・降格などの“冤罪”をこうむることもあります」と警告する。

コンプライアンス(法令遵守)の重要性が高まり、企業は社内の不祥事に敏感になっている。ひと昔前までは見て見ぬふりをしていたきらいのあるセクハラの問題1つとっても、いまでは懲罰の対象になる。噂の内容によっては、瞬時に対応しなくてはならなくなっているのだ。

ただし、ケースバイケースで相談相手を見極める必要もある。それが先の外資系システム会社のイジメに似たヤバイ噂の場合である。いくら直属の上司に相談しても、「仕事の手を抜いている」といった噂を吹き込まれて上司がマイナスの先入観を抱いていたら、「君が悪いんじゃないのか」と突き放されることもありえる。

「組織のなかには上司よりも力を持って、皆をコントロールしている人が必ずいます。それは“お局さん”かもしれません。そのキーマンに近づいて自分自身を理解してもらい、『そんな子じゃないわよ』といってもらったほうが問題解決の近道になる可能性が高いのです。もし、キーマンに直接いいにくければ、キーマンにいつもくっついているナンバーツーの人から間接的にいってもらう手もあります」と塚越さんはアドバイスする。

1つ忘れてはいけないのは、ヤバイ噂が交わされているその場に、槍玉にあげられている当の本人はいないということだ。だから気づいたときには、ヤバイ噂が燎原の火のごとく燃え上がってしまっていることが多い。「個人的な危機管理の観点からいえば、ヤバイ噂のような自分のマイナス情報を耳に入れてくれる信頼できるチャンネルを常に持っておくことが大切です」と江良社長はいう。

また「火のないところに煙は立たぬ」ともいう。身に覚えのない噂であっても、「部下の女性と外のレストランで食事をしながら相談にのってあげた」「頻繁にキャバクラに通っている」など、何かきっかけになることがあったのかもしれない。ヤバイ噂を立てられたら、自分の身を律するいい機会と考えよう。

----------

成城大学文芸学部教授 川上善郎
1946年、東京生まれ。68年東京大学文学部卒業。社団法人世論科学協会、雇用促進事業団職業研究所、文教大学を経て現職。著書に『うわさが走る 情報伝播の社会心理』などがある。

エイレックス社長 江良俊郎
1962年、大分県生まれ。86年神奈川大学法学部卒業。ユナイト・パブリックリレーションズ、プラップジャパンを経て、2001年にエイレックスを設立し現職に就く。危機管理のスペシャリストとして活躍。

東京中央カウンセリング代表 塚越友子
スイス生まれ。東京女子大学大学院で社会学修士号取得。会社勤めをしていたものの、うつ病となって昼間の勤務を諦め、銀座のホステスとなる。2008年に東京中央カウンセリングを独立開業して現職に。

----------

(伊藤博之=文 若杉憲司=撮影)