1980年代からずっと1バレル=15〜25ドルの範囲で推移していた原油価格は、2000年に入ってから上昇に転じ、2005年に1バレル=50ドルの大台を超えると、07年に70ドル、08年には100ドルと急騰した。

 同様に小麦価格は2005年の1トン=150ドルから08年には300ドル超と倍になり、金はもちろん、鉄や銅などの金属も軒並み大幅に上昇した。

 こうしたコモディティ(資源)の高騰については、ふたつの異なる見方がある。

 ひとつは、21世紀に入って中国やインドなど人口大国の高度経済成長が本格化し、世界各地でインフラ整備や住宅建設が一斉に始まったからだ、というものだ。ジム・ロジャーズに代表されるこうした主張は、コモディティ価格は実需によって上昇したとする。

 もうひとつは、中央銀行の金融緩和によって金融市場に投機マネーがあふれ、それが規模の小さなコモディティ市場に向かったため価格が高騰した、という資源バブル説だ。

ゼロ金利政策が資源価格を押し上げた

 バブル崩壊以後、負の遺産の処理に苦しんだ日本経済は、97年のアジア通貨危機を期に、大手金融機関が次々と破綻する深刻な金融危機に襲われた。これを受けて日銀は、それまでの金融政策の常識を覆し「ゼロ金利」という未踏の領域に入っていく。その一方でアメリカ経済は好調を維持し、98年には財政収支が黒字に転じている。

 経済学者の吉本佳生氏は、国際商品指数と米国の財政収支・経常収支の関係から、日銀のゼロ金利政策が円キャリートレードを通じて資源価格を押し上げたと推測している(『日本経済の奇妙な常識』〈講談社現代新書〉)。円キャリートレードとは、ヘッジファンドなどが低金利の円で調達した資金を米ドルなど高金利の通貨で運用する取引だが、この時期、財政収支が黒字に転じた米国ではじゅうぶんな量の新発国債が発行されなかった。そのため行き場を失った投機マネーが米国の株式市場に流入してインターネットバブルを起こし、2000年にそれがはじけると、こんどはコモディティ市場に流れ込んでエネルギーや金属、食糧などの価格を高騰させたのだ。

 どちらの見方が正しいのかは一概に判断できないし、両方の要因が関係しているのだろうが、2008年のリーマンショックで原油価格が1バレル=60ドル台まで4割も急落したように、コモディティ価格が投機によって乱高下していることは間違いない。

 2010年、若者の焼身自殺をきっかけにチュニジアで反政府デモが広がり、独裁政権が打倒された(ジャスミン革命)。この民主化運動はアラブ諸国を巻き込み、エジプトでは民衆デモでムバラク体制が崩壊し、リビアでは内戦の末、反カダフィ派が政権を奪取し「アラブの春」と呼ばれた。

 これらアラブ諸国に共通するのは、小麦の輸入国だということだ(たとえばエジプトの小麦輸入量は世界最大)。小麦からつくられる丸パン(ホブス)はアラブのひとびとの主食で、小麦価格の上昇は家計を直撃する。このことから、アラブの春の原因はSNSなどのインターネットの普及ではなく、国際的な小麦価格の高騰による社会不安だというのが近年の定説になりつつある。貧しい(1人あたりGDPの低い)国はインフレに対する耐性が弱く、先進国ではさしたることのない食糧・エネルギー価格の上昇が社会全体を混乱に陥れるのだ。

 吉本氏は、日銀のゼロ金利政策がコモディティ価格(輸入価格)を押し上げたものの、供給過剰の日本経済はそれを価格に転嫁することができず、その代わり人件費を削ったためにデフレ不況が深刻化していったと指摘する。「日銀の金融緩和がデフレ不況を生み出した」というコペルニクス的転換だが、これが正しいとすると、日本の金融政策はそれと同時に、小麦価格を引き上げることで中東の国々に「アラブの春」をもたらしたことになる(インターネットバブル崩壊と9.11同時多発テロを受けて、グリーンスパンのFRBが大幅に金利を引き下げたことも、サブプライム・バブルだけでなく、資源価格の高騰や新興国株の上昇に大きな影響を与えた)。

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