日本人は「仕事に対するプライド」が「会社から言われたことをきちんとやるプライド」にすりかわってるのではないか、と語る今野晴貴氏(左)と新庄耕氏

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終身雇用、年功賃金、企業内育成といった日本型雇用が崩壊し、若者を使い捨てにする「ブラック企業」が増加の一途をたどっている。若者、そして日本社会はこれにどう対処していくべきか。『狭小邸宅』の新庄耕(しんじょう・こう)氏と『ブラック企業』の今野晴貴(こんの・はるき)氏。話題のベストセラー作家にして同じ83年生まれの両者が「ブラック企業の闇」と、今、すべての日本人が問われている「仕事への向き合い方」について語った。

■ブラック企業が日本をギリシャにする!

今野 新庄さんの『狭小邸宅』を読んだんですが、いわゆるブラックな企業に若者がはまり込んでいくときの論理や心情みたいなものをすくい取っていて、私自身、考えさせられるところがありましたね。

新庄 ありがとうございます。

今野 主人公の松尾は、かなりブラックな不動産屋でいろいろ葛藤しながらも結局、会社を辞めないんですよね。それで最後には割とうまくいっちゃって、むなしさすら感じている。そのあたりが特に面白いなと思いました。

新庄 今野さんも『ブラック企業』に書かれてますけど、一度、企業から脱落してしまうと、どうしていいかわからなくなる。その不安感がストッパーとなって、辞められない面もあるんですよね。

ただ、僕としては舞台となる不動産会社は、いわゆるブラック企業とは少し違うと思ってるんです。頑張れば頑張るほど仕事は楽になっていくし、評価もされ、給料も上がり、上司に蹴られることもなくなっていきますから。

今野 ということは、ブラック企業ではなくて、「マグロ漁船」ですかね。仕事はキツイけど、キツイ分だけ報われる会社を僕はそう呼んでいるんです。新庄さんが前にお勤めになっていたところもそれに近いのでは(笑)。だけど、今どきサンドイッチマン(体の前面と背中に宣伝用の看板を取りつけ街中に立つ広告手法)をやらせるなんて、相当、ブラックな不動産会社ですよ。

新庄 僕が話を聞いた会社では、新入社員にやらせるらしいんですよ。ちなみに、ブラック企業というのは、どう定義すればいいんですかね?

今野 明確な定義づけは難しいんですが、わかりやすく言えば、若者を使い捨てる企業ですね。とにかく耐えられないくらいの長時間労働を強制させて、使えない人間は辞めさせる。100人は耐えられずに辞めるだろうと見込んだ上で200人採用するわけです。

そしてあらゆる手段を使ってイジメ抜き、うつ病にして自主退職を仕向ける。生き残った人間は、その後も生き残りをかけた努力を強いられ、結局は体を壊す。企業側は表向き「残れるやつは全員残れ」というスタンスを取っているけれど、絶対に残れない仕組みになっている。

新庄 その話でいえば、『ブラック企業』に出てくるX社の事例のインパクトがすごく大きかった。誰もが知っていて、学生にも非常に人気の高い企業で、大量の精神疾患が出ているという。


今野 ええ。実は今、その件で自称X社の弁護士から「訴える!」って脅迫状みたいなのが届いてるんですよ。僕は「X社」としか書いていないのに訴えるなんて、この人たちバカなのかなと思いますけどね(笑)。でも訴えてくれたら「自称X社(←ここは実名で)も提訴!」って本の帯にでも入れようかなと(笑)。

新庄 あえて「X社」と表記したのはどうしてですか?

今野 ジャーナリズムでやるならば個別企業の実態を暴露していくのって大事ですけど、私が問題視しているのは個別の企業の問題ではなくて、ブラック企業を「社会問題としてどうとらえるか」なんです。

新庄 なるほど。

今野 ブラック企業の過酷な労働環境で、今、若者がどんどんうつ病になっている現実がある。そうなると医療費はかかるし、生活保護費は増え、少子化が進んで消費や税収が下がる……。つまりブラック企業が増えていくことによって日本市場がどんどん縮小していくんです。アベノミクスでいくら金を投資しても効果はありませんよ。だからこれを取り締まって早く景気を回復させないと、ギリシャのような国家になってしまうかもしれない。これはもう日本社会全体が取り組んでいかないといけない問題だと思うんです。

■日本型雇用が崩壊しても、巨大な命令権を持つ企業

新庄 X社に象徴されるようなブラック企業が昨今の日本で目立ち始めた背景について伺いたいんですが。

今野 ブラック企業というのは、健康を破壊するほどのノルマを課したり、サービス残業が課せられるなど、社員に異常な命令を行なうのが特徴ですけど、もともと日本型の雇用体系というのは、ブラック企業が生まれやすい下地があったと思うんです。

というのは、海外だと仕事の仕方が日本よりも職人的なんですよね。例えばドイツなんかだと、高校時代から専門職の実践的な技術を身につけるシステムが出来上がっていて、就職する前から、それぞれがすでになんらかの「職人」なんです。だから自分が何を仕事にするのかが決まった上で会社に入る。

だけど日本は逆で、まず会社があって、入った会社の中でやれって言われたことが自分の仕事になる。だから昔から日本の企業が持つ命令権は、諸外国よりも際立って大きいんです。

新庄 確かにそうですね。僕の知り合いで、大手商社に入ったバリバリのエリートがいるんですけど、いきなり専門学校の寮長に配置されてて、すごく驚きました。

今野 それはまたダイナミックですね(笑)。でも、企業がそうした強い命令権を持つ代わりに、社員には終身雇用と年功賃金が保障されてきたし、配置転換があっても、企業に再教育してもらえた。

ところが「終身雇用や年功賃金に代表される日本型の雇用は企業にとって高コストだからやめよう」という流れになってきたのに、巨大な命令権は今も企業が持ったままです。




新庄 つまりブラック企業は日本型雇用のいいとこ取りをしているわけですね。社員がうつ病になっても知ったこっちゃありませんと。だけど、そうした一部のブラック企業は社員をこき使い、使い捨てにするから業績はすこぶるいいんですよね。

今野 驚くことに、大学の経済学研究科とかだと、業績だけを見てX社のような企業を「モデル企業」だというんです。素晴らしいから日本の企業はみんな見習いなさいと。冗談じゃないですよ。若い人たちがどんどんうつ病になっていってるのにですよ。

新庄 だけど業績を上げるわけですから、今後「ならばウチも」とブラック化する企業が増える懸念は大きいですね。

今野 おそらく今後もブラック企業が増えていくことは間違いないと思います。それに対して、社会のシステムがまったく整っていない。日本型雇用システムをやめただけで、新しいシステムを何も作っていないわけですからね。だから若者は「ブラック企業かもしれない」と企業を信用することができなくなるし、すぐに辞めてしまう。そうなると、企業も「すぐに辞めてしまうような人材にコストをかけるのはムダだ」となって、ますます相互不信状態になっていく。

新庄 そうなると今後は、これまで企業が担ってきた社員の教育、育成を社会全体で考えていかなくちゃいけないとお考えですか。

今野 そう思います。企業内育成がなされないのであれば、もうこれは社会のほうでやらないと人材が枯渇してしまう。現在、日本が公的な職業訓練にかけている費用は、ヨーロッパに比べて対GDP比で約10分の1にすぎないんです。これでは歯が立たないですね。

新庄 ただ、そうした新しいシステムはまだまだできそうもない。となると、これまで企業にぶらさがってばっかりいた日本人が、働き方とか、仕事の仕方みたいなものを考え直さないといけないですね。

今野 『狭小邸宅』にもその話はけっこう出てきますよね。働くならなんでもいいのか、とか、それとも働く中身にもっとプロ意識を持つべきなのか、とか。じゃあそのプロ意識ってどういうものなのかって、主人公の松尾も葛藤してますよね。昔なら企業に一生を預けておしまい。クビにもならなかった。だけど、そういう前提が崩れた今、ひとりひとりが企業を超えて、職人として、プロ意識を持って社会に関われるようにしていかないと、結局、会社の奴隷みたいになってしまう。それってつまらないし、社会としても成り立っていかないと思うんですよね。今後、仕事にどう向き合っていくか、ということが今、日本人に問われていると思います。

■「企業に入る」のか「社会の一員になる」のか

新庄 ブラック企業だけを悪者にしても、社会のシステム不全は改善できないですし、そのなかで若者たちは自分自身の問題として向き合うしかない。今、実際にブラック企業で苦しみながら働いている若者たちにどんなメッセージがありますか。僕はとにかく「心身が壊れるほどの無理はしちゃだめだ」と言いたいですね。

今野 そうですね。それともっと戦略的に思考するべきだと思います。戦略的というのはつまり、会社の論理にはまらず、もっと相対化させて考えるということ。自分がどんなふうに働きたいのか、生き方の問題として、自分の考えをもっと守っていいと思うんですよ。『狭小邸宅』に「客を殺す」という表現が出てきますよね。

新庄 はい。松尾が上司に「その客、絶対ぶっ殺せよ」と言われるシーンですね。不動産業界では、物件を買わせることを「殺す」と表現することもあるんですよ。




今野 あれこそまさに象徴的ですよね。「客を殺す」なんて言葉を使っている時点で企業として絶対おかしいのに、完全に松尾自身が会社の論理に染まりきっちゃうわけでしょう。しかも結果が出ないと「殺せない自分が悪い」と考え始める。

新庄 そうですね。ブラック企業は新卒社員に徹底的に研修をしてスイッチを入れようとします。会社に染めるためには、中途を取るより新卒のほうが都合がいいわけですからね。

今野 染まりきってしまわずに、自分のモラルで判断して外部機関に相談するとか、うつ病になったのは自分が弱いんじゃなくて会社のせいだと思えば労災申請するとか、会社人間じゃなくて、社会人としてのモラルで物事を判断できるようにすること。

新庄 自分が置かれた状況を客観的に判断する必要がある。そのなかで自分がどうするか、どうしたいかを、自分の尺度で考えていくべきですね。

今野 日本人って会社のいうことを聞くのが社会人だと思ってるじゃないですか。会社が違法行為をしていてもみんな黙っているけど、それって社会人じゃなくて、ただの会社人間ですよね。だから、若い人たちには、「企業に入る」のではなく「社会の一員になる」という意識をより強く持ってほしいですね。

●新庄耕(しんじょう・こう)


1983年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。現在は会社に勤めながら執筆活動を行なっている。2012年、『狭小邸宅』で第36回すばる文学賞受賞

■『狭小邸宅』


主人公・松尾が勤める戸建不動産会社は、厳しいノルマと容赦ない上司の罵声が飛び交い、売り上げという結果以外、評価されない過酷な職場だった。成績不振から辞職を迫られるが、ある日、ひとつの物件が売れたことをきっかけに変わっていく。不動産業界の裏側を描きつつ、働く者すべてに通ずる葛藤を描いた社会派小説(集英社・1260円)


●今野晴貴(こんの・はるき)


1983年生まれ。一橋大学大学院博士課程在籍中。200 6年、大学生、若手社会人を中心にNPO法人POSSE(ポッセ)を設立。年間数百件の労働相談を受けている

■『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』


違法な労働条件で若者を働かせ、人格が崩壊するまで使いつぶす「ブラック企業」が続出している。これまで1500 件を超える若者の労働相談に関わってきた著者が、豊富な実例をもとにその実態を明らかに。若者のうつ病、医療費や生活保護の増大、少子化、消費者の安全崩壊、教育・介護サービスの低下―。「日本劣化」の原因がここにあると説く(文春新書・809円)