「降りかかる災いから、お守りいたします!」(コスプレイヤー=E子 撮影= Russell Yei)

写真拡大

■10年続く夏のイベント

真夏の暑い日、JR秋葉原駅前の広場でメイド姿の女の子たちがずらりと並び、「涼しくなーれ!」と声を掛けながら、桶から素手で水を一斉に撒くイベントがあります。この「うち水っ娘大集合!」は今年の夏で10年目を迎えます。

真夏に都市部の気温が異常に上昇する「ヒートアイランド現象」の対策として、最も暑い日とされる大暑の日に全国一斉に打ち水をするイベント「打ち水大作戦」がもともとありました。その打ち水イベントを秋葉原でもやってみたいと考えたある若者の呼びかけで、メイドカフェ数店舗の協力で行われたものが「うち水っ娘〜」の始まりです。最初の試みから多くを集客し、イベントの規模は急速に拡大していきました。今では地元行政の千代田区も後援に入り、メイドカフェ以外も含む、秋葉原のさまざな店舗や団体が協力して行われる秋葉原の夏の風物詩になっています。

主催者は、打ち水イベントの実行委員会から立ち上がったNPO法人「秋葉原で社会貢献を行う市民の会リコリタ」。「リコリタ」とは、利己を利他に換える、つまり「自分の好きな活動で社会に貢献しよう」という意味です。多くの非営利団体と同様に、寄付や協賛を募りつつも、自分たちの手弁当で賄っています。打ち水イベントの際は、その注目度を活かして、うちわなどの現物を企業から協賛品として得ているそうですが、無報酬で協力し手伝ってくれる秋葉原の店舗やボランティアの人たちが最大の活動資源です。

協力店舗やボランティアの人たちには、「大好きな秋葉原に貢献したい」という共通の想いがあると「リコリタ」の代表者——最初に呼びかけた若者——は言います。それゆえに秋葉原の打ち水イベントは、単にメイド姿の女の子たちが水を撒く「利己」的な戯れごとではなく、さまざまな人々がつながり、秋葉原を盛り上げようとする「利他」的な活動として存続できたのでしょう。

そして、さらには秋葉原特有のある想いが、このイベントには込められているのです。

■偏見を解きほぐす冴えたやり方

今からちょうど25年前に、ある特異な事件が東京郊外で起こり、テレビや週刊誌などが連日争うように報道していました。その内容は、犯人がアニメなどのビデオを大量に収集する、いわゆるオタク的な趣味を持っていることを過度に取り上げたものでした。この事件について多くの人がすでに忘れているだろうし、20代以下の若者であれば事件の存在自体を知る人も少ないでしょう。しかし、当時の過剰な報道合戦によって、オタクと呼ばれる人たちは「自分たちとは異なる理解しがたい危険な生き物」として、メディアの消費者に刷り込まれていったように感じます。

実際に、事件当時に子どもだった現在40歳前後の人たちの中には、オタク的な趣味を持つというだけで、急にいじめや不当な扱いを受けた経験を持つ人がいます。そして、40歳代以上の世代には、いつの間にか刷り込まれていたオタクな人に対する偏見や差別に、疑問すら感じられない人が、今でも多くいるように感じます。しかし、子どもの頃に痛手を受けた、あるいはいじめられる友人の姿を見てきた人たちは、マスコミが植えつけた不当な偏見に対して、強い違和感を持ち続けているのです。

その差別されていたオタクを排除することなく受け入れてくれた街が秋葉原でした。秋葉原は、オタクに限らず、社会的弱者とされるさまざまな人たちが差別を受けない、稀有な空間だったのです。しかし、そのために今度は秋葉原が不当な偏見を受けることになります。さまざまな場面で、秋葉原に集まる人たちが「自分たちとは異質な生き物」として誇張して取り上げられ、新たな差別意識が人々に刷り込まれていきました。

秋葉原の打ち水イベントを主催する団体の代表者も、ちょうど子どもの頃に前述の事件の報道を見聞きし、オタクに対する偏見と差別の広がりを肌で感じてきた世代です。そして、子どもの頃から通い親しんできた秋葉原が、事あるごとに歪められた印象で紹介されることに危機感を持っています。この偏見と差別の流れを食い止めるためにも、オタクや秋葉原のイメージをよくする話題を積極的に発信して、人々が抱く誤解や思い込みを解きほぐしたいという想いがあるのです。

実際に、メイドさんやさまざまな秋葉原関係者が並んで打ち水を行う「うち水っ娘大集合!」は、毎回多くの国内外のメディアに取り上げられ、街ぐるみの地球温暖化対策イベントとして、好意的に報道されてきました。ただ一度、取材登録をしなかったある記者が、ゲストのメイドさんを勝手に取材して、偏見に満ちた報道を行ったことがありました。その時、主催者はすぐに相手に連絡を取り、打ち水イベントの趣旨を正しく伝えるように要求して、記事は訂正されました。このように秋葉原への歪んだイメージを変える地道な努力がこの華やかなイベントの裏では行われているのです。

一度、刻み込まれた固定観念を覆すことは、容易なことではありません。ただし、それに愚痴をこぼしていても、何も改善しません。唯一の対策は、秋葉原の打ち水イベントのように、環境問題など人々の関心事の流れを読み取り、同じ想いを持つ人たちがつながる機会を設けて、行動を起こすことだと思います。

(梅本 克=文(デジタルハリウッド大学客員准教授))