IRでは最高傑作のネタがある。今思い出しても笑える。生涯の永久保存版にしようと秘かに思っている。自分の粗忽さに明るく笑えることは数少ないが、これは例外のひとつ。
 
早朝のホテルの玄関。小高い丘の上にそのホテルは建っていた。最初のIR地はこのホテルのそばにあるらしい。地図が添付されていたがよく分からない。地図を見ながら歩くべきか、ワンメーターでもタクシーに乗るべきか。ホテルのタクシーが僕の逡巡を見透かすようにこちらを見ている。合図をすると、待ってましたとばかりにドアが開いた。

「運転手さん、近くて申し訳ないけどここに行ってください」
地図を渡してから煙草に火をつけた。

「お客さん、ここってあそこですよ」
坂の下にある15階建くらいの立派なビルを指差した。

「乗ってしまったから行ってください。メーター下ろしたみたいだし」
坂を降りたタクシーはあっという間に目的地に到着した。

「運転手さん、やりましたね。最短記録」
「アクセルを踏まないで目的地に着いたのは初めてです」
くどく書くが、自分の粗忽を楽しく笑えることは本当に少ない。

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■プロフィール■ 

菊地敬一
ヴィレッジヴァンガード創業者。

1948年北海道生まれ。
賞罰共になし。
原付免許、普通自動車免許、珠算検定6級 保持。
犯歴前科共になし。

大学卒業後、書店勤めを経て、39歳で独立。
名古屋で、遊べる本屋『ヴィレッジヴァンガード』を創業。
独自のセレクトとPOP、ディスプレイで
「変な本屋or雑貨屋」としての地位を確立し,
396店舗を展開するに至る。