お金とはいったい何なのか。そして、文学者はお金とどう向き合うべきなのか。次々と話題作を発表する作家・平野啓一郎さんと、『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』の著者・山口揚平さんが、お金、文学、デザインなどについて語り合う。

「お金とは何か」に決着をつけ、
お金から自由になれた

平野啓一郎(以下、平野) 作家の仕事において、人がネガティブに思っていることを肯定的に説くなど、価値観をひっくり返すことは非常に重要です。そういう意味では、山口さんのご著書『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』の冒頭にも書かれていた通り、セックスやお金の話題も作家にとって興味深いテーマです。お金について話すことは「低俗で汚い」という価値観が今でも日本にはありますが、そんな中で正面を切って「そもそもお金って何なのか」を、その意味を再考するというのはすごく面白いなと思いました。

山口揚平(以下、山口) ありがとうございます。

平野 お金について話そうとするときに感じる世間の抵抗みたいなものを、昔から山口さんご自身が肌身で感じられていた、ということも執筆の動機としてあるのですか?

山口 正直に言ってしまえば、自分のお金に対する執着と向き合った結果だと思うんです。僕は約10年にわたって「お金とは何か」をずっと考えてきたのですが、この本で「お金とは、価値と信用を結晶化し、数値化したものである」と結論づけ、みずからの疑問と執着に決着をつけることによって、自分自身かなり自由になれた気がします。単にお金を溜め込むのでなく、丁寧に使ったり投資したりお金を「流す」ことができるようになりました。

平野 コンサルティング業界でキャリアを積まれたということは、学生の頃からお金や経済というものに問題意識を持っていたのですか。

山口 いえ、実は僕、芸大に行きたかったんです。それを諦めて、なぜか資本主義的王道をめざす政治経済学部に行く道を選んだのですが、ある意味、社会の秩序や「正しいとされる生き方」に従属して、“負けた”結果だと思うんです。社会や教育は、人をコモディティにしたがる。画一的で匿名的な存在にさせたがるものです。そして、最終的にはいつの間にか自分の独自の価値観や才能とは対極にある資本主義の王道的な仕事、つまり大型のM&Aを手がけるようなキャリアになっていった。

 そこであるとき、ふと足を止めて考えてみたんです。お金って一体なのだろう、と。それは数字という究極のコモディティであり、人は蟻地獄のようにそのお金という数字に巻き込まれて人生を浪費させてしまうのではないか? そこから貨幣や資本というものの価値観を相対化したらどうなるだろう、と考えが進んできました。

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