儲かる構想を次々生む20冊 −役職別 鉄則本ガイド【役員】

■人間の社会は理性だけでは動かない

教科書的な答えが存在しない時代である。本に書かれていることも、先人の経験談も、そのままでは通用しないということだ。役員は、これまで以上に、緊張感の漲るなかで企業の舵取りをしていかなくてはならない。

そのなかでは、いかなる本も批判的に読むことが大事である。情報や考えそのものを鵜呑みにするのではなく、著者が提示する問題意識や、ものを考えるときの方法論を学ぶのだ。その観点から20冊を選んでみた。

私が中高生のとき親しんだのが『数学物語』から『国盗り物語』までの5冊である。『三四郎』を挙げたのは、西洋的な自立した個への志向と、日本的・ムラ社会的なしがらみとの葛藤が典型的に表れているからだ。私自身もそうだが、ビジネスエリートは概して西洋的な理性や知性に対して共感しやすい。少なくとも経営レベルの意思決定は、かなりの部分が理性によってなされていると思いがちだ。ところが実態は逆で、理性とは遠い政治や情緒によって動くもの。『三四郎』から村上春樹に至る現代小説にはそのあたりの葛藤が描かれており、社会の現実を直視するためのトレーニングになる。

『数学物語』矢野健太郎/角川ソフィア文庫
動物には数がわかるのか? 太古の人々はいかに数を数えていたのか? 数字の誕生からニュートンの仕事まで、数学の発展の様子を楽しく伝える良書。

『三四郎』夏目漱石/岩波文庫
大学入学のために上京した主人公が都会で経験を重ねていく小説。「自立を志向する個人と旧来の共同体との葛藤は日本社会を知る有効な視点になった」。

『ガリア戦記』カエサル/岩波文庫
カエサル率いる古代ローマ軍のガリア(今のフランス)遠征の記録。「カエサルは卓越した理性で人間の現実を見抜いていた。統治することの本質を学べた」。

『ナイン・ストーリーズ』サリンジャー/新潮文庫
『ライ麦畑でつかまえて』で知られる著者による9つの自選短編集。不思議な読後感が心を捉える。「クールでどこか不条理。透明感のある作風に惹かれた」。

『国盗り物語』司馬遼太郎/新潮文庫
戦国時代、一介の牢人であった主人公が美濃国守の腹心となるまでの策謀と活躍を描いた歴史物語。「高校時代に戯曲化を担当して上演した思い出の作品」。

一方、理性の塊といえるカエサルが、遠征先であるガリア地方(現フランス)の地勢や人間・文化を冷徹な筆致で書き記したのが『ガリア戦記』だ。大衆がときに情緒的であることを承知したうえで、最適なパフォーマンスを選択し統治していく。その姿勢は企業経営にも参考になる。『比較憲法』から『法学入門』までの4冊は、大学時代に熟読し感銘を受けた。社会人になってから米国へ留学したが、MBAプログラムのなかで最も科学的だと感じたのが『コーポレート ファイナンス』だ。『ビジョナリーカンパニー』『君主論』もこの時代に英語で読んだ。理論ではなく現実に根差した『君主論』は、現代の経営学よりもよほど実践的だ。

『比較憲法』樋口陽一/青林書院
各国憲法を比較することで統治制度の差や歴史的変遷を学ぶのが比較憲法学。「制度という視点で政治史を捉えている。樋口先生の授業は実に面白かった」。

『経済と社会』マックス・ウェーバー/創文社
社会学者・経済学者ウェーバーの代表的著作(写真はそのうちの1巻)。「社会科学はドグマ(教義)から中立であるべきという、価値中立論に共感した」。

『方法序説』デカルト/岩波文庫
存在の本質を理解する力「理性」を正しく追求し、学問の真理を探究する方法を述べたもの。中世の神学的な精神が支配的な中で近代合理主義の礎を築いた。

『法学入門』三ヶ月章/弘文堂
法学部新入生の教科書。「コンサルタントになってから再読した。悩みの解決に奉仕するのがプロフェッショナルだという指摘に、行くべき道を教えられた」。

『コーポレートファイナンス』リチャード・ブリーリーほか/日経BP社
欧米ビジネススクールの教科書。「経営学のうち科学といえるのはファイナンスだけ。それで、金融界の人間ではないのにファイナンスばかり勉強した」。

『ビジョナリーカンパニー』ジェームズ・C・コリンズほか/日経BP出版センター
時代を超え際立った存在であり続ける企業の成功の理由。「コリンズ教授が執筆を進めている時期に授業を受けていた。明確な歴史観を背骨に持つ名著」。

『君主論』マキアヴェッリ/岩波文庫
著者はルネサンス期イタリアの下級官吏。君主になる人は何に気をつけるべきかを具体的に列記した。「現実を説明する枠組みとしていまも役立つ」。

企業経営に携わるようになってから改めて読んだのが『鬼平犯科帳』以下の8冊だ。『後世への最大遺物』から『オセロー』までは、産業再生機構時代に企業再生の修羅場のなかで手に取った。カネボウのように伝統があり人材豊富な企業が、なぜ破綻しかけるのか。また、関係する外部機関のエリートたちが非合理な攻撃をしかけてくるのはなぜなのか。そのことを知るために『「空気」の研究』は大いに役立った。

『鬼平犯科帳』池波正太郎/文春文庫
火付盗賊改方・長谷川平蔵の活躍を描く。下級役人の世界は現代の会社そのもの。「善悪一如の世界観のもと、人間のずるさも可愛らしさも教えてくれた」。

『HPウェイ』デービッド・パッカード/海と月社
日本型経営で成功したヒューレット・パッカード社の歴史。「米国型を賞賛する時代に再読し、ドグマより事実を見るべきだという思いを深くした」。

『ローマ人の物語』塩野七生/新潮文庫
ローマ帝国の興亡を描いた大作。「価値観を交えないクールな書き方が光る。唯一カエサルだけは好意的に描いているが、そのことを含めて好ましい」。

『後世への最大遺物』内村鑑三/岩波文庫
ふつうの人間が後世に遺せるものは、少数者とともに立つ意地であり行動だと説く。「若いころはぴんとこなかったが、再生機構のときの指針になった」。

『経済システムの比較制度分析』青木昌彦、奥野正寛/東京大学出版会
経済を多様な制度の集まりと捉える「比較制度分析」の解説書。「自由主義経済論者の私が政府部門で働く正当性は何か。理論武装のために役立った」。

『「空気」の研究』山本七平/文春文庫
日本社会は理性とは別に“空気”で動くことを論じた。「産業再生機構時代に読み、賢明なインテリたちがなぜ情念で行動するかを理解し納得した」。

『オセロー』シェイクスピア/新潮文庫
シェイクスピア4大悲劇の1つ。「企業再生の修羅場では99%の人が嫉妬や煩悩で行動し、結局は身を滅ぼしたが、そのメカニズムが描かれている」。

『アンディ・グローブ』リチャード・S・テドロー/ダイヤモンド社
インテル創業者の評伝。ハンガリーから亡命し曲折の果てにインテルを創業、大胆な事業転換にも成功した。プロ経営者としての生き方を学べる本。

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経営共創基盤(IGPI)CEO 
冨山和彦
ボストンコンサルティンググループなどを経て、2007年にIGPI設立。近著に『経営分析のリアル・ノウハウ』。

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(経営共創基盤(IGPI)CEO 冨山和彦 構成=面澤淳市 撮影=大沢尚芳)