息子の進学・就職がうまくいかない。なんと声をかけるべきか −超訳「人間キリスト」の言葉【5】

聖書は古の書物ではなく、私たちの生活にも優れた示唆を与えてくれる……。大ベストセラー『超訳 ニーチェの言葉』の著者が、職場や家庭でのビジネスマンの尽きぬ悩みに、独自解釈した聖書の言葉で応える。

受験戦争や就職氷河期は確かにあるだろうが、進学や就職がうまくいかない理由は、その人の実力が合格や内定を勝ち取るレベルに達していない場合がほとんどだ。とはいえ、当人なりに努力している姿を見てきた親としては、「もっと頑張れ」と声をかけづらいところもあるだろう。

右は旧約聖書の「コヘレットの書」の言葉。冒頭の「世の中は理不尽なものだ」は、未来に向かって努力している若い人には少し厳しい言葉かもしれない。しかし、「物事には、それが成就する『時』というものがある」という言い回しは、思い通りの進学や就職ができずに苦労しているわが子を励ますには有効だろう。

「いずれ成就する『時』が必ずやってくる」と希望を与えながら、「成就しないうちはまだやるべきことがある」と叱咤するニュアンスも込められている。

有名な聖書の言葉である「求めよ、されば与えられん」も希望を与えそうだが、実は意味合いが違う。イエスが語ったこの言葉を「願えば叶う」と受け取って「願っても与えられないではないか」と不平を言う人は多い。しかし、聖書の注釈には「一度きりではなく、しつこく求める。相手が嫌がって差し出すまで求める」と書いてある。

「欲しいものがあるならば、求めよ。あきらめることなく求め続けよ。そうすれば与えられる。見つからないならば探せ。徹底的に探し続けよ。そうすれば発見できる。閉まっているならば、叩け。戸を叩き続けよ。そうすれば、やがては開かれる。このように、探す人が見出し、叩く人だけに戸は開かれる。求める人にだけ与えられる」(ルカによる福音書 第11章)

本当に戸を叩き続けられる人は少ない。

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聖書の言葉

世の中は理不尽なものだ。
もっとも脚の速い人が
走る仕事にあてられる
わけではない。
強い男が格闘の試合に
出るわけでもない。
知恵のある者が食事に
困ったり、
賢い頭を持っているのに
富に恵まれなかったり、
真面目な学者が
不運だったりする。しかし、
物事にはそれが成就する
「時」というものがある。
その「時」と災難は
彼らすべてにひとしくおよぶ。

コヘレットの書 第9章

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■大学生の息子が勉強もせずにサークルや恋愛に没頭。将来が心配

右の言葉の出典は前出の「コヘレットの書」。原文は「若者よ、若さを楽しめ。若い日々に、心で幸福を味わえ。心の望むまま、目の望むままに従え」という言葉で始まり、「だが、若さも、髪の黒い年も、空しいものだ」で締め括られている。悲観論者のコヘレットは若いときには若いときなりの楽しみを謳歌せよと言いながら、時間の短さ、若い時代の短さを嘆いているのだ。

大学の勉強といっても、たいしたものではない。日本の大学生の多くは単位を取るための勉強をしているにすぎず、それは本当の勉強といえない。私は大学で「倫理」を教えているが、私の講義を受けている学生に「勉強しろ」とは言わない。常々言っているのは、「考えろ」ということだ。

本やテキストを読んで、書いてある知識を頭に詰め込んだところで、本当の勉強にはならない。大事なのは自分の頭で考えること。発想することである。

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聖書の言葉

若者たちよ、今の若さと
溌剌さを思う存分に
楽しむがいい。
この若さが溢れる日々の中で
心から幸福を味わえ。
おまえたちの心の望むままに、
おまえたちの目が望むままに
楽しむがいい。
痛みと悲しみを遠ざけ、
若くあることを今のうちに
楽しめ。しかし、これだけは
決して忘れるな。
おまえたちのすることを
神はすべて見ている。
そして、神の裁きを
受けるのだということを。

コヘレットの書 第11章

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※フェデリコ・バルバロ訳『聖書』に準拠

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作家 白取春彦
青森県青森市生まれ。ベルリン自由大学で哲学・宗教・文学を学ぶ。哲学と宗教に関する解説書の明快さには定評がある。著書に『超訳聖書の言葉』『超訳 ニーチェの言葉』『この一冊で「聖書」がわかる!』などがある。

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(作家 白取春彦 構成=小川 剛 撮影=小原孝博)