大和ハウス工業会長 樋口武男氏

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■なぜ、この本を読むと胸が熱くなるか

「学歴はいらないが、学力は絶対に必要だ」

私はこの言葉を社員たちに言い続けてきました。ですが、自分自身を顧みれば、自ら火中に飛び込むような生き方をして、ずっとがむしゃらに働いてきたせいで、なかなかじっとしている暇がなかった。腰を据えて本と付き合う機会に恵まれませんでした。そのせいか多読のクセはつかず、今でも「これは」と思う本しか精読しません。

本当は、立派な功績を挙げた人物の本を読むよりも、直に経験談を聞けるとすれば、それが一番いい。まずは講演などで話を聞きにいってはどうでしょう。そして、良書にはそういった雰囲気が漲みなぎっているように思えます。

私が、真っ先にお勧めするのは『逆境のリーダー・石橋信夫』。大和ハウス工業の創業者であり、人生でもっとも薫陶を受けた恩師です。

この本は、激動の昭和を生き抜いた日本人の格闘の記録です。昭和史の資料としても大きな価値があるんじゃないでしょうか。

晩年、創業者(石橋信夫)が闘病生活をされているとき、できるかぎり長い時間、お話を聞くことができました。能登の保養山荘に泊まりがけで出かけて、私は介護人のようになってベッドに寄り添って過ごしました。1日15時間そばにいたこともあります。

話を聞くといっても、これだけの長い時間ですから、一方的というわけにはいきません。「君はどう思うんや」「それは違うんやないのですか」「なんでやねん」など、意見を戦わせて会話が膨らんでいくのです。今、『逆境のリーダー』を読み返すと、薫陶を受けたときの生の状況がページから浮かび上がり、病床の空気や匂いが立ち上がってくるようで、胸が熱くなります。

石橋信夫が立派なのは、戦争や事故などで壮絶な苦労を重ねてきているからか、商売相手に思いやりの気持ちが強いということです。他人様が苦労してつくった会社を強引に乗っ取るようなことが大嫌いでした。むしろ弱りかけた相手に手を差し伸べる。そうすることで感謝が生まれるわけです。

ある企業に100億円出資して助けたときも、こちらから役員を送り込んだり、こちらのやり方を一方的に押しつけたりするようなことは一切しませんでした。その結果、その企業は感謝して一層頑張り、業績が持ちなおしました。その企業の幹部は、うちの創業者の命日には必ず花を持ってお参りにやってきます。厳しい人でしたが、皆に尊敬される方でした。

会社経営において、感謝という気持ちはたいへん大事で、会社が伸びる大きな武器になりえます。「感謝という気持ちを忘れるな」という言葉は、世間に溢れているいろいろなビジネス書にも出てきそうですが、どん底の苦労の中からはい上がってきた先代だけに、その言葉には凄みがあります。

本書はビジネス書ですから、経営手腕の素晴らしさや、思わず膝を打ちたくなるようなリーダー論が学べます。

人事についても示唆に富んでいます。資本金300万円、従業員18人でスタートした会社を、これだけ大きくしたわけですから、自分の子どもたちを後継者に据えるのは世の常、当たり前のことでしょう。創業者は「人に嫌われるのがイヤな者は、経営者になるな」という名言も残しています

20年ほど前、私が大和ハウス工業の専務だったとき、宅地開発を手がけているグループ会社の社長就任を命じられました。債務超過寸前であることに加えて、会社が連帯保証をしている病院が倒産する事件が起こり、68億円の保証金がふりかかってきた。行き先には苦労しかない、暗澹(あんたん)たる人事でした。その窮状を必死で乗り切ったときに、創業者の鶴の一声で大和ハウス工業との合併が決まりました。そういった経緯があり、創業者は、私を後継に指名しました。創業者にはお子さんがいらして、優秀で人格的にも非の打ちどころのない方でした。創業者に私心があれば、子に事業を譲ろうと考えてもおかしくありません。

しかし、4万人を超える従業員とその家族を抱える企業のトップは、厳しいことも含めてありとあらゆることを考えなければいけません。創業者の度量や企業人としての公平性、公正性に瞠目しました。後に私がリーダーの4カ条として「公平、公正、無私、ロマン」を挙げている所以(ゆえん)です。

リーダーが自分のことだけ、自分の家族のことだけがいいと少しでも考えていたら、そんな会社は早晩潰れるでしょう。

■素晴らしいことができる人、できない人

もう一冊、推薦させていただきたいのは『第二の人生、勝負の時である。』です。

「さわやか福祉財団」設立者の堀田力さんのご本ですが、堀田さんのいきいきとした経験が立ち上がってきます。共感を得る部分がすごく多い。

本書は、「肩書」という幻想について、鋭く考察しています。それがまさに私の考えと一致した。堀田さんは、東京地検特捜部検事、法務大臣官房長などの華麗な経歴や肩書を持っていたのに、スパッとそれらを捨てて今までの人生とは全く関係のないボランティアの道に入られました。

一代で会社を大きくした創業者の本は壮絶な内容も出てくるから、読後感はコクがあってずっしり重い。堀田さんの本はコクがあるのに、さわやかさに満ちています。

2つの本に共通しているのは私利私欲がないことでしょう。共感して、頷きながら読んだわけですが、私にこんなに立派なことができるかな、という気持ちにさせられます。

そう考えると、素晴らしいことができる人とできない人の境目は、結局は志の高さであるとわかります。ロマンと言い換えてもいい。明確な志があれば、行動も明確になってくる。

大和ハウス工業は営業力が強いというありがたい評価をいただいているようですが、それは各人の志が高いからだと思っています。

業績が停滞していたとき、「この不況だから、現状維持だけでも十分だ」といった空気が社内に蔓延していた。それを私は怒った。創業者の教えに従い「停滞は後退や!」と一喝しました。そんな意識改革の積み重ねがあって、今の大和ハウス工業があるのです。

■樋口武男氏が薦める必読本

『熱湯経営』[著]樋口武男(文春新書)
――ともすれば大企業が陥りがちな「ぬるま湯体質」に、「熱湯」をかける。

『先の先を読め』[著]樋口武男(文春新書)
――「カンが先で理論は後」など、ユニークな名言を多数収録している。

『同行二人 松下幸之助と歩む旅』[著]北 康利(PHP研究所)
――経営の神様・松下幸之助翁の人生を通した至言が心を打つ。

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大和ハウス工業会長 樋口武男氏
1938年、兵庫県生まれ。関西学院大学法学部卒業後、63年大和ハウス工業入社。東京支社特建事業部部長を経て、84年に取締役、91年に専務取締役、93年、大和団地代表取締役社長に就任。2001年大和ハウス工業社長就任。04年より現職。

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(須藤靖貴=構成 熊谷武二=撮影)