「アベノミクス」の可能性と限界
反アベノミクス論は根拠が薄弱だ。ただし、アベノミクスにも死角がないわけではない。特に、円安に依存するだけでは脱デフレは無理。デフレから抜け出すためには、金融の量的緩和に、需要を喚起する財政政策を組み合わせるべきだ。また、消費税率引き上げも健全なインフレ率に回帰するまで思い切って先延ばしすべきだ。


安倍首相の経済政策構想「アベノミクス」はマーケットを見事に動かしているが、弊害を説く向きも多い。代表例が日経新聞の経済論壇「経済教室」欄で1月16日付から4回にわたって連載された「安倍政権経済政策の課題」である。その見出しは「日本売りリスク」「物価高騰も」「日銀の独立性は重要」「資産バブル招く」で、反アベノミクスの論点が集約されている。そこで、これらに反批判してみる。

まず「日本売り」とは、2%のインフレ目標を設定して国債発行を増やせば、国債利回りが急騰、つまり国債が暴落する、という意味である。白川方まさ明あき日銀総裁は昨年11月20日の記者会見で、「3%」のインフレ目標だと、長期金利がまず上がって国の利払い負担を引き上げ、さらに国債を大量保有する金融機関に巨額の資産評価損をもたらすと説いた。「経済教室」はこの「白川論法」にバイアスをかけ「2%」でもその恐れがあるという。

日本国債の9割以上は国内の金融機関が保有。国内銀行などが国債を一斉に売れば確かに国債相場は暴落するだろうが、自ら墓穴を掘ることになる。しかも民間金融機関は世界最大の貸し手として約200兆円の対外純債権を保有しているほどで、日本国債を買い支える余力は十分ある。

米国はリーマン・ショック後、ドルを3・2倍も発行したが、長期国債を重点的に買い上げることで標準的なインフレ率にあり、エネルギーと食料品を除くコアコアCPI(消費者物価指数)上昇率より低い利回りを演出している(左ページ上のグラフ参照)。小出しにしか量的緩和しない日銀の政策を転換するだけで国債暴落は避けられる。さらに忍耐強く勤勉な日本の有権者の多数が東日本大震災からの復興増税や消費増税も受け入れている。こうした安心感があるから、海外の投機ファンドも日本国債を買い続ける。「物価高騰!?」。そもそも物価上昇率を2%以下で抑える手段とするのがインフレ目標である。1年前に2%のインフレ目標を設定したFRB(連邦準備制度理事会)は2008年9月のリーマン・ショック後、短期間のうちにドルを3倍以上発行し、12年12月にはさらに失業率が6・5%まで改善するまでは量的緩和とゼロ金利政策を続ける政策を打ち出した。もともとインフレ体質の米国だからお札の大量発行は悪性インフレを招くという懸念が根強いのだが、それでもインフレ率は2%未満にとどまっている。物価が下がり続ける慢性デフレの日本でインフレ率をプラス台に押し上げるには米国並み以上の金融緩和が必要なのに、小出し路線を変えない日銀がどうやって「物価高騰」を引き起こすのか。

日銀は「独立」を盾に、外部からの意見に耳を貸さずデフレ維持政策をとってきた。デフレと円高の放置により国民の所得を急減させ、若者の就労機会を奪ってきた日銀の政策を、その美名のもとに擁護する感覚はまともではない。国民を守って初めて「独立」が正当化されるのだ。「資産バブル」とは何を指すのか。株式や不動産市場が活性化する前にバブルを心配して金融緩和をやめるのは、回復しかけた重病人から栄養剤を取り上げるようなものである。学者が何の判断基準も示さずに株価や地価が少しでも上がれば「ミニバブル」と騒ぐのは無責任である。

以上のように反アベノミクス論は根拠が薄弱だが、アベノミクスに死角がないわけではない。特に、円安に依存するだけでは脱デフレは無理だ。下のグラフが示すように、デフレが始まった98年以降の円相場を見ると00年初めから02年初めと、04年秋から07年夏まで2度の円安局面があったが、コアコアCPIは下がり続けた。小泉内閣から第一次安倍内閣までは財政出動を控え、金融の量的緩和に頼ったからだ。デフレから抜け出すためには、金融の量的緩和に需要を喚起する財政政策を組み合わせるべき。また、14年4月の8%、15年10月からの10%という消費税率引き上げは健全なインフレ率に回帰するまで思い切って先延ばしすべきだ。



田村秀男(たむら・ひでお)
産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員

日本経済新聞ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、日経香港支局長、編集委員を経て現職。『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『円の未来』(光文社)、『人民元が基軸通貨になる日』(PHP研究所)、『財務省「オオカミ少年論」』(産経新聞出版)など著書多数。今、政府・日銀の金融経済政策運営に対して数多くの有益な提言を行なう気鋭のジャーナリストとして注目を集めている。



この記事は「WEBネットマネー2013年5月号」に掲載されたものです。