約8カ月のバックパッカー旅行後、2002年からラオスに住み、旅行会社を経てコーディネーターになった森記者が、ラオスの今についてレポートします。

資金面だけではないソフト面での支援を

 ラオスは、親日で穏やかな国民性ということもあって、日本からも多岐にわたる支援プロジェクトが入っており、その活動成果が高く評価されている。しかし近年、隣国のミャンマー人気が、投資や経済分野だけではなく、国際協力の分野でも、財政面でのラオス離れに影響を与えはじめているという。

 こうした背景からも、今後は、資金力を背景とした箱型支援よりも、アイデアや内容を重視したソフト面への支援が重要になるのかもしれない。今回は、日本のNPO団体の小さな支援プロジェクトがきっかけとなって、ラオス人身体障害者たちのやる気を起こさせた、ある事業を紹介したい。

 認定NPO法人AAR Japan(難民を助ける会/以下、AAR)が、ラオスに事務所を構えたのは2000年。同会が活動の軸に据えている障害者支援から、その活動は始まった。

 当時、年間7台の車いすしか製造していなかったというラオス保健省所属の車いす工房を、AARは国際協力機構の支援を得て再建。その後、製造・配布の強化を行ない、これまでの10年間で3000台以上の車いすを製造するまでに成長させた。

 また、ラオスが抱える難問のひとつでもある不発弾(UXO)対策として、北部のシェンクアン県で、クラスター爆弾被害地域の村民を対象に、応急処置トレーニングを行なっている。山奥で事故が起きてから、手や足がない状態で、町の病院まで半日以上山道を運ばれるケースもみられるため、村々での的確な応急処置の大切さを教えているのだ。

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