■話を優位に運ぶ“つかみ”

アル・ゴア元米国副大統領がプレゼンカンファレンスに登壇した。16分ほどの地球温暖化の問題についての提唱が主題だった……はずが、ゴア氏が話し始めたのは自虐ネタだった。

副大統領のときには専用飛行機で移動したのに、今じゃ空港で靴を脱がされ検査までされる。ふとバックミラーを見ると、いつも車の後ろにいた警護車がみえず、しかも自分が運転をしている……と、すすり泣くふりまでして見せる。自虐ネタの最後には、自分がファミレス経営を始めたと噂が立ち、かつての戦友ビル・クリントンに「アル、おめでとう」と祝福の電話までもらったというものだった。

およそ6分にわたって笑いのトークショーを繰り広げたが、これは自信の人間味を醸し出す、ちょっと長めの“つかみ”である。かつての超VIPが今や空港で靴を脱がされる……自分たちとなんら変わらない人間としての姿は、仲間のように受け入れられ、観客はすっかりアル・ゴアの話術のとりこになっていった。

実はこの自虐ネタは、本題に耳を傾けてもらい、主張を優位に展開させる手法のひとつとして機能を果たしているのである。そこから、やっと本題の地球温暖化問題について、シリアスな話が始まった。内容は、米国を例に地球の気温上昇にはじまり、エネルギーの効率化の必要性、そして自分たちのCO2排出量を把握など、地球上の私たちがすべき15項目をあげると、深刻な問題として、地球環境を考えた生活に転換すべきだという主張をはじめたのだ。

■肯定的に話を聞く同調ムードをつくる

主題に入るときには、会場にはすでにアル・ゴアとの同調ムードが出来あがっていた。いきなり深刻な問題をつきつけられて、自分たちがすべきことを並べられても、にわかには受け入れがたい。ところが、聞き手の感情は「かつてのVIPは今や自分たちと同じ人間だ」としてゴア氏に好意的に傾いていたため、突きつけられた課題も、すでに肯定的に受け入れやすい心理状態になっていたのだ。

デール・カーネギーは「巧みな話し手は、最初から多くの同調反応を獲得する。これに成功すれば、その話し手は、その後の聞き手の心理経過をある程度すでに肯定的な方向に向けてしまったようなもの」(*)だとしている。つまり、ゴア氏はこの自虐ネタは単なる笑いのショーではなく、それ以降の主張を肯定的に受け入れてもらうための伏線としたのである。

■一貫性の原理を使う

心理学的に、人間は一般的に「イエス」と答えざるをえない質問を繰り返されると、肯定的な心の構えができる傾向にある。イエス、イエスと言っていたことに対して「一貫したい」心理が働くからだ。

ゴア氏のつかみは観客に自分を受け入れてもらうことで、聞き手を「イエス」の心理状態に持ち込んでいる。ある事項に対して何度も同意していると反論しにくくなると考えれば、相手を受け入れる「イエス」の話が続いた中で、その人物の話に「ノー」とはいいにくいだろう。

話を始める、プレゼンをするときの“つかみ”に、ゴア氏ほどの時間をとるのは一般の私たちにはハードルが高そうだ。しかし、まずは相手の気持ちを肯定に導いてから本題に入ることは、決して時間の無駄ではない。

個人対個人のときには、相手にまつわる話や興味を引く話で始めると、無駄話ととられずに受け入れてもらいやすい。あるいは、業績アップなど“相手が話したいこと”を聞いて話してもらうのもいいかもしれない。聞き手は、自分にまつわる肯定に「好感」を抱きやすく、結果として相手を肯定的に受け入れやすくなるものだ。

こうしてまずは聞き手の好感を得ることから始めて、相手と同調し、肯定の意識を導き出そう。これで、そこから始まる話の内容についても肯定を導きやすくなるのである。

[参考資料]
*Dale Carnegie, [1991]The Quick and Easy Way to Effective Speaking, Reissue,.
『心を動かす話し方』(デール・カーネギー著、山本悠紀子監修、田中融二訳 2006年 ダイヤモンド社)

(上野陽子=文)