ウエルスファーゴ選手権を制したのは、最終日を首位で迎えたフィル・ミケルソンでもニック・ワトニーでもなく、無名のルーキー、米国人のデレック・アーンストだった。
石川遼、最終日は2つスコアを落とし50位タイフィニッシュ
世界ランク1207位。この大会に臨んだとき、アーンストの位置づけは、それほど低いものだった。
昨年、プロ転向したばかりの22歳の新人。米ツアーには昨秋のフォールシリーズ1試合(フライズ・ドットコム・オープン)に推薦出場したことがあったが、ルーキーとして正式デビューした今季は今大会が8試合目。予選通過を果たして決勝進出できたのは、これがわずか3試合目。経験という意味では、あまりにも経験に乏しいキャリアだが、それでいて冷たい風雨に見舞われた悪コンディションの最終日を70で回って追い上げ、デビッド・リンとのプレーオフを1ホール目で制して、堂々の初優勝を果たした。
ビギナーズラック?そんな見方もあるだろう。ウイニングパットを沈めたときも、優勝会見でも、うれし涙の一つも見せず、笑顔ばかり。その笑顔も興奮の笑顔ではなく、普段通りの雰囲気だった。
そんなアーンストの態度から感じ取れたのは、彼のサバイバル精神と揺るがぬ自信だ。プロ転向したばかりとはいえ、彼の胸の中には名門のUNLV(ネバダ・ラスベガス大学)ゴルフ部で腕を磨き、熾烈なカレッジゴルフを生き抜いてきたという自負がある。そして、厳しいQスクール(予選会)を勝ち抜いたことで培われた自信もあった。
今季から米ツアーは大幅なシステム変更を行ない、米ツアーへの登竜門だった従来のQスクール(予選会)は今年から二軍ツアーへの登竜門に変わった。昨秋のQスクールは一発勝負で米ツアーへ行く最後のチャンスだったのだが、アーンストはたった一度きりしかないそのチャンスを見事にモノにした。Qスクールは最終ステージの6日間だけでも心身が疲弊する長丁場だ。が、アーンストはプレ予選から最終ステージまでの厳しい4段階をすべて勝ち進んで米ツアーに辿り着いた。4段階をすべて通過した選手は、昨年はわずか4人。そのうちの1人がアーンストだった。
今大会には元々は出場資格がなく、アーンストは二軍ツアーに出るつもりでレンタカーのハンドルを握り、ジョージア州の大会会場へ向かっていた。だが、まずチャンスはないと見られていた補欠の4位からの繰り上がり出場が決まり、急遽、方向転換してノース・カロライナ州のクエイルホローに辿り着いた。
2017年の全米プロ開催を控えるクエイルホローはコース設定の難度をさらに上げ、そこに悪天候が加わって選手たちを苦しめた。だが、アーンストにとっては、カレッジゴルフの戦いやQスクールの戦いを思えば、出られただけで超ラッキーのむしろ楽しい戦いだったのかもしれない。
120万6000ドルのビッグな優勝賞金を手に入れた感想を問われたアーンストの言葉が印象的だった。
「マネーは、単なるマネーにすぎない。入ってもくるし、出てもいく。だけど優勝は違う。手に入れた勝利は出ていかず、永遠だ。この優勝で得られた向こう2年間の米ツアー出場権。ここで2年間、プレーができるという事実。それこそが僕が手に入れたかったものだ」
 2日目、3日目に首位に立ち、キャリア42勝目は目前と思われていたフィル・ミケルソンは最終日の終盤16、17番で連続ボギーを叩き、1打差でプレーオフ進出を逃した。ミケルソンが10回以上の出場経験を有する米ツアー大会の中で、いまだに未勝利なのは2試合だけ。今大会はその1つだ。豊富な優勝経験を有し、生涯シードも確定しているミケルソンにとって、この日、ここで目指した優勝は、死活を賭けた勝利ではなく、いわば征服欲に近いものだった。
「勝ちたかった……。残念でならない」と唇を噛んだミケルソンの悔しさは本物だったに違いない。けれど、アーンストが勝利の向こう側に求めた「この米ツアーで戦い続けたい」という強い想いは、優勝トロフィのコレクションを増やしたいというミケルソンのそれを上回っていたのだろう。
勝利の女神が振るった采配は、さすがだったと、つくづく思う。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
<ゴルフ情報ALBA.Net>

【コラム】マスターズの余韻
横峯さくらが逆転で復活V!「やっとここに帰ってくることができました」
横峯さくらの復活優勝を支えた2つの“強さ”
各ツアー賞金ランキング