会場で感じた文化的断絶と”ニコニコ的なるもの”――「ニコニコ超会議」のこれまでとこれから (1) ニコニコ動画はコミュニティではなくインフラへとその役割と移していった

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4月27日、28日の2日間にわたり幕張メッセにて開催された「ニコニコ超会議2」が無事終了した。来場者は当初目標としていた10万人の大台を突破し、ニコニコ生放送による視聴者数も150万人増の約500万人。まず大成功と言っていい数字だろう。

ニコニコ超会議2がどんなイベントだったのかは先日レポートでお伝えした通りだが、イベントから一週間経った今、あらためて超会議というイベントの意義や今後について考えてみたい。

「ニコニコ超会議2」の会場をぐるりと歩いてみて感じたことは、各ブース間の断絶だった。1〜3ホールでは企業がそれぞれブースを構えてイベントを開催し、4〜6ホールでは「踊ってみた」や「歌ってみた」などニコニコ動画ならではのエリアが設けられ、7〜8ホールでは文学フリマやボーマスなどの併催イベントが主に開催されていた。

ブースが分かれている以上、ある程度の断絶があるのは当然なのだが、しかしそれだけでは説明がつかないほどの文化的距離が、各ブース間にはあったように思う。たとえば「言論コロシアム」で識者による対談に耳を傾けている人々が、その後に斜向かいにある「超踊ってみた」エリアで汗を流すだろうか。絶対にないとは言わないが、さほど多くはないはずだ。あるいはニコニコ動画やそのカルチャーには一切興味はないけれど、お目当ての芸能人や政治家の話を聞くためだけにやってきた人もいただろう。

このブース間の断絶は、そのまま「ニコニコ動画」におけるジャンル間の断絶でもある。

「ニコニコ動画」が生まれた2006年から2007年、そして2008年くらいまでは、ユーザー数が今ほど多くなかったことや、企業がまだそれほど進出してきていなかったこともあり、ニコニコ動画はサイト全体が一つのコミュニティとして機能していたように思う。筆者自身を例に取れば、アニメMADを楽しむ一方でボカロ曲や「歌ってみた」を聴き、「踊ってみた」の大規模オフに心を踊らせ、寝る前に見る「ゲーム実況動画」が毎日の楽しみの一つだった。ランキングに上がってくる動画はほぼすべてチェックしていたし、この頃はまだ全ジャンルの人気動画を網羅することが可能な時代だった。

しかし、総合ランキングが廃止(設定を変えれば今でも見られるが)され、アニメの公式放送をはじめとした企業によるニコニコ動画の利用が増加し、ニコニコ生放送でニュースなどTV的な番組を扱うようになってから、ニコニコ動画はコミュニティではなくインフラへとその役割と移していくことになった。……続きを読む