被災地でサッカーを教える中西哲生

写真拡大

東日本大震災で60%以上の世帯が罹災した宮城県南三陸町で生まれたラジオ局で働く人々の姿を追ったドキュメンタリー「ガレキとラジオ」の公開を記念して5月2日、塚原一成監督と元サッカー選手でスポーツジャーナリストの中西哲生のトークイベントが都内劇場で行われた。

8000人以上が避難生活を送ることになった同町に出来たラジオ局「FMみなさん」だが、そこで働くのは元サラリーマンに元ダンプカー運転手などラジオ経験者はゼロ。彼らが失敗を繰り返しつつも町民の心に明かりを灯していくさまを描き出す。

塚原監督は本作を「南三陸町の記録映画として作った」と語り「10年後、20年後といまの子どもたちが大きくなり、さらには50年後、この町がどうやって復興したのか? その頃の子どもたちがおじいちゃんたちを誇りに思い、町を愛せるようになったら」と思いを語る。

中西はラジオ番組「クロノス」でパーソナリティを務めており、震災発生時には7時間連続で放送に参加し、現地の状況や情報を伝え続けた。その後も、たびたび被災地を訪れ、子どもたちにサッカーを教えたりと復興へ向けた活動に関わり続けている。「僕自身は普通のことをしただけ」と謙遜するが、被災地からは「心細かったけど朝、中西さんの声を聞いて落ち着いた」といった感謝のメッセージをもらったこともあったそう。「この時代に自分ができることをしたい。被災地でも子供が元気に遊んでいると、大人もそれを楽しそうに見てくれるんです」と子どもたちを元気づけることの重要性を説く。

塚原監督も「部活で野球をやるのに人数が足りなくて、親が交じってやっていることもあるんです。グローブを持ったこともないような母親がいることもあるけど、すごく楽しそう。いい光景だなと思いました」と中西の言葉に同意していた。

中西は被災地の学校で“夢”をテーマにした授業を行なったこともあるが「みんな、夢がすごく具体的でしっかりしてる。友人の死を間近に感じて、子どもだけど人間としていろんなことから逃げずに向き合ってる。その姿に衝撃を受けました」と語った。

中西自身が夢として掲げるのは「ワールドカップでの日本優勝の実現」。「なでしこが優勝した後、『澤(穂希)さんに会ったら、ありがとうと伝えて』といろんな人に言われました。スポーツがこれだけ力を与えてくれるというのを実感した」と語る。

具体的に2030年のワールドカップ優勝を目標と語るが、まさにいまの子どもたちが大人になる時期。「南三陸町でも『ここからでも世界に出ていくチャンスがある』と言ってます。もし被災地の子どもたちが代表でプレイするようになり、僕が監督になっていたら嬉しい」と笑顔で語った。

「ガレキとラジオ」はヒューマントラストシネマほかにて公開中。

■関連記事
【予告編】「ガレキとラジオ」
役所広司、南三陸町の“再生”描くドキュメンタリーに無償参加
【コラム】佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第2回「ガレキとラジオ」
震災から2年、「遺体」ほか震災を越え人々の心のつながりを描く作品が続々公開
滝川クリステル、被災地から引き取った愛犬と同伴も尻もち!