名物機種の製造元も「節操なく」変更!

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携帯キャリアは「わが世の春」を謳歌している。最大の要因はスマートフォンの普及だが、それはいつまでも続かない。事業の主導権は徐々にアップルやグーグルに移りつつある。物流に手を広げるドコモ、規模拡大に邁進するソフトバンク。両社に挟まれる「2番手」は、通信サービスの洗練で活路を拓く――。

■なぜHTCの端末が独占供給されるのか

MNPで他社からの流入が好調な理由はもうひとつある。KDDIのスマホのラインナップには、世間で人気のブランドがすべて揃っているのだ。

iPhoneを筆頭に、ギャラクシー(サムスン)、エクスペリア(ソニー)、オプティマス(LG)、アクオスフォン(シャープ)、アローズ(富士通)……。外資から国内メーカーまで、とにかく幅広く取り揃えている。ドコモにはiPhoneがなく、ソフトバンクにはギャラクシーやエクスペリアがない。KDDIなら使い慣れた機種や憧れの機種を選べる。毎月の通信料金を安くしようとMNPを考えたときに、KDDIは「受け皿」としての環境が整っているといえる。

その一方で、デザイン性の高さが人気の「INFOBAR」や日本初のフルHD画面を搭載した「HTC J butterfly」といった独自機種を投入することで、他社との差別化にも成功している。

この2機種はともに台湾のメーカーであるHTCが手がけたものだ。HTCは売上高が約9000億円、従業員数が約1万6000人というグローバルメーカーだ。だが長年、日本市場では苦戦を強いられていた。このためKDDIは自社独占とすることで、日本市場にあった作り込みを提案。さらに人気ブランドの「INFOBAR」の開発も日本メーカーから切り替えた。この結果、HTCが開発した2機種は見事にヒットした。

HTCのピーター・チョウCEOは、「田中孝司社長には感銘を受けている。彼が台湾にきて、いろいろと意見交換をして、開発体制を変えてくれた。田中社長のサポートが我々に変化をもたらせてくれた」と語る。差別化を図るために、グローバルメーカーとの提携を強く意識する姿がうかがえる。

■赤字覚悟でも開発会社を支える

さらにKDDIの強さを支える重要なサービスが、12年3月からスタートした「auスマートパス」だ。これは月額390円で500以上のアプリを自由に利用できるというもので、開始から約1年で500万契約を超えている。

スマホは自由にアプリを選べる点が魅力だが、その種類は数十万にのぼり、初心者には敷居が高い。また購入しなければ試すことができず、使い比べるのが難しい。一方、スマートパスであれば、KDDIの選んだ人気アプリが使い放題のため、初心者でも安心して楽しめる。

またこのサービスは開発会社にもメリットがある。有料アプリは競争が激しく、なかなか利益に結びつかない。だがスマートパスでは利用者の数に応じて利用料が支払われる仕組みのため、ユーザーは手軽に試すことができ、開発会社は実力にあった収益が得られる。開発会社からは「アプリでようやく儲かるようになった」という声が聞かれる。

KDDIはスマートパスの参入会社に利益が出るように赤字覚悟で投資を重ねてきた。初期投資の回収には「400万契約が必要」(高橋誠専務)といわれていたが、すでに500万契約を超えており、現在は無料で提供されているiPhone向けサービスも5月から課金が始まるため、これからは利益貢献が期待できる。

なぜ赤字のリスクをとってまで開発会社をサポートするのか。それは先進的な企業との提携が、KDDIの成長を後押ししてきた歴史があるからだ。

KDDIは06年7月にソーシャルゲーム大手のグリーに出資している。当時のグリーの事業は現在とは異なるが、結果としてグリーの成長は携帯電話の利用を後押しすることになった。ほかにもIP電話のスカイプやSNS大手のフェイスブック、「LINE」を提供するNHNジャパン(現LINE)との提携など、常に業界の話題を集めてきた。高橋専務は「提携は利益面での貢献はほとんどないが、ユーザーの満足度を高めるうえでは、お互いにプラスになる」と話す。

「彼らと我々では時計が違う。たとえばフェイスブックには仕様書がほとんどない。何かが起きたら、全員で一気に直す。我々は通信会社なので、それはできない。特質の違いを理解する必要がある。これまで通信会社は様々なサービスを独自に提供しようとしたが、すべてダメだった。iモードやEZWebは通信会社がプラットフォームをつくり、そのうえでパートナー会社が盛り上げた。造成しないと家が建たないのと同じです。我々の役割はフィールドをつくること」

■「端末と回線はどこも同じになる」

こうしたプラットフォームづくりで重要な位置づけを担うのが「au ID」と呼ばれる仕組みだ。これはKDDIのユーザー1人ひとりに割り振られるもので、この仕組みにより、ユーザーはひとつのIDで、スマホやタブレット、テレビといった異なる端末からも、同じコンテンツにアクセスできるようになる。たとえば外出先で映画をスマホで見ていた場合、家に帰ってからその続きを自宅のテレビやタブレットで見ることができる。

「au ID」は、単にコンテンツのIDとして機能するだけでなく、様々なネット通販などの決済手段としても有効に活用されている。クレジットカード番号を入力しなくても、IDとパスワードだけで決済が可能で、ユーザーは電話代と一緒に支払うことができる。この場合、KDDIは決済時に手数料を得る。

こうした動きは、携帯電話業界のなかでKDDIを特徴づけるものだ。

最大手のドコモはMNPでの流出が続いているものの、依然として圧倒的なシェアを誇る。今後の収益増についてドコモの加藤薫社長は「アマゾンを目指す」として、物販サービスなどの独自展開に力を入れている。一方、ソフトバンクは10年12月にウィルコム、13年1月にイー・アクセスを傘下に収めてシェアを拡大。グループ全体の契約数ではKDDIを上回るようになった。さらに米国でのキャリア買収を進めるなど、規模の拡大に邁進している。

両社に挟まれるKDDIは、「解約率の改善」を第一の経営目標とすることで「2番手」の地位を固めつつも、通信事業をベースとした新しい形のプラットフォームづくりを目指す。独自に通信販売を手がけるのではなく、パートナーとの提携のなかで、ユーザーの満足度を高めていく。その手立ての1つが「au ID」なのだ。

実は「au ID」は、KDDIの携帯電話がなくてもIDを取得することができる。一部のサービスは、ドコモやソフトバンクの端末からも利用できる。通信キャリアの枠を超えて、選ばれるサービスづくりを目指す。それは「土管化」への危機感からにほかならない。

「土管化」とはキャリアの役割が回線の提供に限定されつつある状況を揶揄した表現だ。アップルやグーグルといった事業者が力を持つことで、キャリアが独自に提供する端末やサービスが選ばれなくなりつつある。こうなると通信キャリアは通信回線の品質と価格だけを競うことになる。高橋専務は危機感を隠さない。

「これから端末とネットワークはどのキャリアもほとんど同じになる。差別化を図るためには、ユーザーとの接点をしっかり持つことが重要になってくる」

今後、スマホだけでなくタブレットやテレビ、カーナビなどあらゆるディスプレーが身の回りに増えていく。それらを「au ID」がつなぎ合わせることができれば、KDDIの事業は携帯電話を離れて広がる可能性をもつ。

■「スマホが売れると思っていなかった」

田中社長は、一部のユーザーから「田中プロ」という愛称で親しまれている。これは11年7月の新製品発表会で、田中社長が「私はスマホのプロですから」と話したことから始まる。さらに田中社長は記者の前で「自分はオタクですから」とも話す。取材時、自宅の書斎を撮影した動画を見せてくれた。iPhoneの画面には、3面のスクリーンに囲まれた要塞のようなデスクが映っていた。経営トップ自らが「オタク」的なユーザーなのだ。田中社長は「現地現物。何事も自分で感じたうえで判断する」と語る。

こんなエピソードがある。12年9月にiPhone5が発売されたとき、田中社長は山手線の始発電車に乗り込み、新たに対応することになった「LTE」のネットワークをきちんと受信できるかどうか、山手線を一周しながら試した。

そんな「オタク気質」は端末ラインナップにも表れている。かつてソフトバンクがiPhoneを売りまくっていた10年秋には、KDDIは「Android au」というキャンペーンを行い、アンドロイドに注力。翌年の11年夏には、国内初となる「ウィンドウズフォン」を発売するが、後継機種を発売することなく、11年秋にはiPhoneを売り始めている。

「節操ないよね」と、田中社長が振り返るように、流行りそうなものを次々と投入するという印象が強い。

田中社長が就任するまで、KDDIはスマホへの対応が大幅に遅れていた。前社長の小野寺正会長は、DDI、IDO、KDDの3社合併をまとめたほか、ドコモとは異なる通信方式を武器に、いち早く「パケット代定額制」を開始。さらに「着うた」をヒットさせるなど、業容を大きく伸ばした。しかし「ケータイ」での成功に縛られたからか、スマホへの対応が遅れ、業績は伸び悩んだ。田中社長はこう振り返る。

「世の中がこうもスマホに変わるとは予想していなかった。最初は『あんなもの、売れるわけがない』と言っていた。でも、違った。売れるわけがないと思っていたのは我々であって、お客さんではなかった。調子がいいときには、ちゃんと外を見ていないと、鼻が伸びてしまう。だから相当、自省しました」

その結果が「節操がない」というほどの変わり身の早さだ。「驚きを、常識に。」というキャッチコピーのとおり、予想のできない動きをしているのがいまのKDDIだ。

田中社長は、いま「第3のOS」とも言われている「Firefox OS」を搭載したスマホの開発も指示している。成功は未知数だが、「なんか面白そうだから」(田中社長)という理由で新分野に取り組む。それは新しいものに飛びつく「オタクらしさ」を想起させる。

現在、KDDIのスマホユーザーの比率は、全契約者数の3割程度。田中社長は「将来的には8割程度まで伸びる」とみている。業界はスマホブームに沸いているが、田中社長は「イノベーションを起こさなければ、お客さんは違うところにいってしまう」と言う。

「市場としてはこれからピークを迎えることになります。でもそこで留まってはダメなんです。世の中、そんなに甘くない。以前からスマホを使っている人は、もうワクワク感が乏しいはずです。スマホで画面を拡大・縮小させたとき、誰もが驚いた。人間はモノを見せられて、はじめて『これが欲しかったんだ』と思う。そういった『次の私の欲しいもの』を探さないといけない。驚きを通り越して、感動を与えられるもの。それがうちから出る、という姿を目指したい」

(ジャーナリスト 石川 温=文・撮影 小倉和徳=撮影)