「競技かるた」がテーマとなっている漫画『ちはやふる』。テレビアニメ化もされ、いま話題の漫画の一つといえます。また、滋賀県の近江神社は、「かるたの聖地」として同漫画に登場したことから、若者の参拝者が増えているようです。

 そんな「競技かるた」ですが、特徴的な決まりがあります。競技者同士が同時に札に触れた場合、どちらの取りであるかを本人同士が決めるというのです。一応審判がその場にはいるのですが、基本は競技者が判断。同競技は、100分の1秒ほどの差しかない世界です。見ている人よりもやっている本人の方が、正しい判断ができるため、このような決まりとなったのでしょう。

 スポーツマンシップを考えた時、この決まりは当たり前のように感じますが、サッカーや野球などでは違った雰囲気になることの方が多いようです。審判の下した判断でもめた時、両チームは自分たちの得を優先した振る舞いになります。野球のセーフかアウトかでもめているシーンについて、小説家の保坂和志さんも「タッチされたか、かいくぐったかは、本当は自分たちがいちばんよくわかるわけだよね」と書籍『考える練習』のなかで持論を展開。

 野球の場合、ワンバウンドでキャッチしたにも関わらず、審判がノーバウンドと判断し、アウトになった時、誤審で損をしたチームは声を荒げ、得をしたチームはシレっとしている光景を見たことはないでしょうか。

 「野球のジャッジで得したほうがだんまりを決めているのをテレビで初めて見たときは、子ども心に違和感があったよね。えっ、スポーツマンがこんなことするの、って」(保坂さん)

 本来なら、誤審で自分たちに得があるジャッジが下された時、監督や選手が声を上げて「違う」と言ってもいいはずです。しかし、そんなシーンはなかなかお目にかかれません。逆に、正直に「違う」と言える人ならば、誤審で損をした時に抗議した場合、説得力が出てくるのではないでしょうか。

 日本のお家芸でもある柔道でもこんなことがありました。シドニーオリンピックで、フランスのドゥイエと対戦した篠原が内股すかしを決めたのに、審判は、ドゥイエの仕掛けた内股が決まったと判断。ドゥイエに「有効」が与えられました。ドゥイエ本人にスポーツマンシップがあれば、内股すかしを認めていたのではないでしょうか。

 「本来、柔道って相手に勝った負けたの話じゃないよね。自分がどうかという競技であって、審判がおかしいのであれば自己申告すべきものだよ。剣道にしてもそう。柔道や剣道もそうだし、日本には百人一首だってある。そういう伝統があるんだから、野球でもサッカーでも、自分が得したときに、"いや、ワンバウンドでした"とかって自分が損になることを言う習慣を世界に向けて発信すればいいと思うんだよ」(保坂さん)

 スポーツ界には、なかなか素直に正しいことを言えない雰囲気があるようです。保坂氏が言う「習慣」がもたらされることはあるのでしょうか。



『考える練習』
 著者:保坂 和志
 出版社:大和書房
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