愛用中の電子辞書「SII SR-G10001」。落下事故を防ぐため手製のクッションを装着。

■寄せられる悩みの多くは「大量のEメール処理」

英語に悩むビジネスパーソンは多い。上司が外国人に代わった。「TOEIC」の点数が昇進の条件。社内の公用語が英語になった――。私も英語講師として様々なケースを見てきたが、その経験からすると、ビジネスの現場で求められる能力は「読み」と「聞き取り」のようだ。

特に「大量のEメールを処理しなくてはいけない」という相談が多い。学習教材の広告などを見る限り、「ネーティブのように話せるようになりたい」と願う人は依然として多いようだが、重要な仕事であればあるほど「口約束」では済まされない。メールでやり取りを記録しておくのは、英語でも同じだ。

メール処理で重要なことは、「意味のわからない単語があってはいけない」という点だ。会話であれば、曖昧な理解のまま進めることができる。単語100語のうち10語程度が不明でも大きな問題にはならない。しかしメールでは、1語でもわからない単語があれば、重大なミスにつながる恐れがある。

こうした能力を確認できるという点でTOEICは有用だ。試験ではビジネス英語に必要なリテラシーが問われる。「日常会話は流暢だがTOEICのスコアは低い」という人はいても、「メール処理は的確だがスコアは低い」という人はいないだろう。「ライティング」と「スピーキング」は問われないが、「読み」と「聞き取り」のできる人は、どちらにもすぐに対応できる。その人の英語能力を完全に測るものではないが、「足切り試験」としてはよくできていると思う。

英語のキモはとにかく単語を覚えることにある。英語は他の言語に比べても単語の数が多いため、どうしても学習の中心は単語学習になる。

残念ながら、効率よく単語を覚える方法を、私は知らない。むしろ私は記憶力が非常に悪いため、単語学習にとても苦労してきた。苦労のなかで編み出したのが、「忘れて当たり前」という姿勢だった。凡人が1日に10語の英単語を完璧に覚えるこは難しい。それなら100語を学び、99語は忘れても、1語だけはなんとか覚えようと心がける。

それはヒゲクジラの補食方法に似ている。クジラは大きく2種類に分けられ、このうちハクジラは大きな獲物を1匹ずつ狙う。一方、ヒゲクジラは大量の海水を飲み込み、吐き出す過程で、「ヒゲ」をフィルターにしてエサを濾し取る。

忘れることを恐れずに、まずは大量の単語に接する。その繰り返しの中で、絶対に忘れない単語がひとつふたつと増やせればいい。ここで気をつけたいのは、「忘れて当たり前」ではあるが、「覚える努力は怠らない」ということである。

大量の単語に接していれば、自分の関心に引っかかる単語は必ず見つかる。好きなもの、興味深いジャンルを手がかりにすると、楽しくなる。

■類推力が増す語源学習「前に座る人」=「大統領」

私は34歳で仕事を辞め、7年間、英語学習だけに打ち込む「引きこもり留学」をしていた。その頃、野茂英雄投手がメジャーリーグに挑戦しており、野球が好きな私は、野茂の記事が載っているアメリカの雑誌を取り寄せて、貪り読んだ。わからない単語が出てくるたびに、マーカーを引いて調べた。そのときは、「野茂は海を越えて、どう評価されているんだろう?」という点に関心があり、勉強しているという意識はほとんどなかった。

「calisthenics(柔軟体操)」という見慣れない単語を覚えたのもそのときだ。「野茂が柔らかいピッチングをするのは柔軟体操をやっているからだ」という1文があり、強く印象に残った。そうやって少しずつ語彙が増えていった。

あるエンジニアの生徒は、TOEICのスコアが500点前後で伸び悩んでいた。頭脳明晰で話題も豊富なのだが、英語に対する興味が薄い。そこで発売直後だった「iPhone」についての英文記事を渡して、「次の週までに知らない単語がないようにしてください」と指示した。すると翌週、彼は完璧に単語を覚えてきたばかりか、「日本の技術が侮られている」と記事への不満をぶつけ、「もっと海外の記事を読みたい」と話すようになった。その後、スコアは数カ月で700点以上にまで伸び、「英語を学ぶのが面白い」と姿勢が変わった。

好奇心によって知らないうちに壁を越えるのが、学ぶ姿勢では一番強いと思う。とりわけ今はインターネットを使えば、「教材」となる英文記事を無料でいくらでも見ることができる。素晴らしい時代になったと思う。

単語学習では、「語源」を調べながら進めると、勉強がより楽しくなる。たとえば、「president(大統領、社長、会長)」という単語は「pre(前に)」、「sid(座る)」、「ent(行為者)」という三語を組み合わせたもの。原義は「前に座っている人=みんなの代表者」である。すると「preside(司会をする、主宰する)」という動詞も「前に座って取りしきる」という原義に基づくと類推できる。単語を調べるときは、大きな辞書を引いて、語源まで押さえておくといい。

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菊池健彦(きくち・たけひこ)
1959年、青森県生まれ。北海道大学文学部を卒業後、洋書店に入社。34歳のときに退社。引きこもり生活に入り、独学で英語学習を始める。7年後に貯金が底をつき、英語講師を目指して試しに受けたTOEICで970点をとる。以後、990点満点を38回記録している(2013年3月現在。ナラド エンタテインメント公式サイトより)。海外渡航経験なし。独身。著書に『イングリッシュ・モンスターの最強英語術』(集英社)などがある。

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(菊池健彦 構成=鈴木 工 撮影=市来朋久)