マニラの中心・国際都市マカティ市に隣接した国軍の基地、フォート・ボニファシオが1990年代後半民間に払い下げられ、開発が開始されたボニファシオ・グローバル・シティ。まさに21世紀の新興都市。第2次世界大戦で戦死したアメリカ兵が埋葬されているアメリカン・セメタリーと林立する高層ビルとが新旧の対照をおりなす【撮影/志賀和民】

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フィリピン在住17年。元・フィリピン退職庁(PRA)ジャパンデスクで、現在は「退職者のためのなんでも相談所」を運営する志賀さんの元へは、多くのフィリピン移住希望者がやってきます。今回のクライアントは……。

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すべては子どもの健康と将来のため

 日本から3組の母と子どもたちが退職ビザの取得のためにフィリピンを訪問された。総勢8名のいわゆる母子疎開だ。目的はずばり、「放射能汚染が蔓延する日本に、もはや住む場所はない」と語る。

 到着早々、全員がはじめてのフィリピン訪問だと聞いてその勇気と決意に驚いた。なんの予備知識もない国、それも3Kの悪名高い(?)フィリピンで永住することもいとわないという。すべては子どもの健康と将来のためなのだ。

 5人のお子さんを連れて、総勢8名での健康診断や銀行口座の開設手続きなどの申請準備に予想外の時間がかかった。どこかに訪問するたびに、まずおしっこでトイレ探しに追われ、喉が渇いたとミネラルウオーターの調達に走らなければならない。

 到着日の午後は書類の準備と健康診断、そしてPRA(フィリピン退職者庁)のパーティに参加。翌日は終日マニラ見物。そして3日目は銀行手続きとビザ申請、モール・オブ・エイシア訪問と、連日夜10時すぎまでの強行軍だった。

 マニラ見物の最初の訪問先は、ラスピニャスのサウスビラ・インターナショナル・スクール。母子疎開の先輩の案内で、子どもの教育環境とオハナ・コンドやイリジウムなどの住宅環境を視察。先輩のお勧めで、SMサウスモールのMary Graceイタリアン・レストランで昼食をとる。しゃれた店構えは日本のレストランに勝るとも劣らず、それで値段は半分以下とお母さんたちは大満足だ。

 次に向かったのがフォートボニファシオ・グローバルシティとアメリカンセメタリー。広々とした芝生に子どもたちはおおはしゃぎ。そしてマニラ・インターナショナル・スクールや日本人学校の立派さにびっくり。インターナショナル・スクールの学費、年間160万円にはためいきをつく。

 彼女たちは、放射能汚染で住めなくなった日本を逃げ出す一般庶民だから、企業の援助でこのような学校に通う駐在員子女とはちょっと事情が違う。将来、ご主人も日本に住めなくなると生活の糧を失ってしまうリスクもあるから、財布の紐は固い。フィリピンで外国生活をエンジョイしようなんて気はさらさらなくて、まさにサバイバルの気概を持っている。

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