経営者JP社長 井上和幸氏

写真拡大

自分の評判が会社の枠を超え業界中に広まり、あわよくばヘッドハントの対象に……。グローバル化が進み終身雇用も危ういなか、腕に覚えのあるビジネスマンは「引き抜き→大出世」の夢を見がちである。人脈を広げようと、やみくもに社外の要人と接触したがる人もいる。

だが、「まずは社内で評価を高めるのが先です」と井上和幸氏(経営者JP社長)は釘を刺す。

「信頼というのは、身近なところから順に伝播していくものです。逆に、身近な人が信頼してくれない人を誰が信頼しますか?

そういう人はメディアを通していくら目立っても、一過性の評価ならともかく継続的な評判は得られません」

したがって、上司や同僚、部下からいかに信頼を集めるかが鍵である。それには「自分の仕事を期待以上にやりとげること」が必要だ。

「期待どおりの仕事にとどまっていてはダメでしょうね。100点の仕事なら101点を目指せばいい。もし80点しか取れそうもないなら、81点を目指すのです。とにかく1点だけ上乗せする」

具体的には、1日の仕事を終える前に「あと1通だけメールを出しておこう」「あと1件だけ伝票を処理しよう」という精神を持つことだ。

「そういう行動習性がついている人は、何事もプラスに処理するようになります。それがいいんです」

200点、300点を目指すなというわけではない。「1点上乗せ」を習慣化するほうが長い目で見ると効果的なのだ。

さて、あなたの評判は、周囲からの信頼とともに同心円状に広がっていく。そこで大切なのが情報の結節点であるスタッフ部門。リクルートの人事・広報部門を経験した井上氏はこう断ずる。

「スタッフ部門を大事にする人は出世しますよ」

たとえば広報部。同じように好業績をあげている営業マンが2〜3人いる場合、「できる営業マン」として雑誌取材に推薦されるのは当然ながら広報部員と親しい人だ。広報や人事に限らず他部門の人と親しくなるには、全社横断的な委員会活動に参加するのがいいという。

「ふだんあまり会話をしない人たちとダイレクトな関係を持つことで、自分の『キャラクター情報』が広まるのです。広報マンとの付き合いなど社内営業がうまい人は、やはり大物になりますね」

場合によっては、経営トップに直接アピールすることも無駄ではない。

「すぐに覚えてもらえる「一発芸」があるといいですね。『彼、ゴルフはシングルらしいよ』と言われるとか。大企業の社長は現場から離れているので淋しい思いをしています。若手であれば、釣りが趣味の社長には『僕も海釣りを始めたので連れていってください』と臆面もなく頼むといいかもしれません。部長以上だと大人げがなく、使えないと思いますが」

ところで、人脈を築くうえで井上氏が強調するのは「開く」ことの大切さだ。

「一対一で持てる関係性には限りがあります。人脈を囲い込む人がいますけど、それだと自分のキャラクター情報が流通しません。だから、人と人とはどんどん引き合わせることです。するとその人たち同士が、自分の知らないところで自分の話をしてくれるのです」

■新天地で自己ブランドをつくり上げるには

「評判がよすぎるのは危険です」

PRのプロ、田中愼一氏がぴしゃりという。外見を磨き、一歩踏み込む仕事ぶりで周囲の信頼を勝ち得ていく。評価が高まり、花形部署への栄転や他社への引き抜きの声がかかったとする。

そのとき、自分にまつわる評判は両刃の剣になりうるという。

「いま企業はブランドよりもレピュテーションに注目しています。まだ知られていない企業や商品に対して認知度を引き上げてつくるのがブランドです。それに対して、ブランドの成長とともに膨らんでいくのがレピュテーション、つまり評判です。ブランドに対する期待値といってもいい。実際に提供できる価値よりも期待が低いなら問題はありません。困るのは、実力よりも期待が高まってしまったときです。期待に応えられなくなった瞬間、期待は失望に変わります。つまりブランドイメージが急降下する。企業でも個人でも同じです」

だから新天地においては「期待をマネージすること」が大事だという。そのプロセスを示したのが図2である。

「最初に必要なのは、自分に対するまわりの期待を読むことです。理想は、実力よりも期待のほうが少し高めにあることです。期待に応えようと頑張るので実力がつくのです。ただ、少しの努力では応えられないような期待であれば、期待値を引き下げなければなりません」

どうやって期待を「読む」のか。

「まず、自己主張を忘れること。もっと言うなら、思い込みや我執をゼロにすることです。まわりがどういうことを期待しているか、耳を澄ませて聞き取るのです。そのときに一番邪魔をするのは自分です。『俺はできる』『自分のやるべき仕事はこれじゃない』という思いを抱いていれば、言わなくても必ず表に出ます。そこに気をつけなければいけません」

この理論は、田中氏自身が波乱の仕事人生から抽出したものである。田中氏は大卒後ホンダに入社し、事務系の学卒者としては珍しく工場の現場を経験した。

「海外営業部に入りたくて入社したのに、鈴鹿製作所の工務課で3年間、肉体労働をやりました。200人くらいの職場ですが、知るかぎり大卒者は誰もいない。周囲は最初から『大学出にできるのか?』というネガティブな空気に包まれていました。しかし、僕はその中で生き抜いていかなければならない。だから、求められる仕事は他の連中に負けないくらいきちんとやりました。役に立つ男だと思われないかぎり、まわりは絶対に認めてくれませんからね。職場に貢献し、『市民権』を得たうえで、僕しか考えないようないくつかの仕組みを開発しました。それによって、徐々に一目置かれるようになったのです。こういう経験をさせてもらったから、苦労はしてもすばらしい環境だったと思います」

どのような境遇に置かれても、自分への期待を察知し、それに向かって努力して仲間に貢献する。その過程で、自らに対する期待を修正し、「市民権」を得る。そうして空気をつくり、やがて、空気を支配するのである。

「本を読め、しかし読まれるな」

田中氏の自戒である。人は経験から学ぶべきで、本を読むのはそうして得た真理を確認する作業にすぎないという。「空気を支配する」とは、この境地に達することをいうのである。

----------

経営者JP社長 井上和幸
1966年、群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、リクルート入社。人材コンサルティング会社などを経て、2010年より現職。経営人材の採用・育成、転職支援を手がける。著書に『「社長のヘッドハンター」が教える成功法則』等。

フライシュマン・ヒラード・ジャパン社長 田中愼一
1978年、本田技研工業入社。83年よりワシントンDCに駐在、政府議会対策、マスコミ対策を担当。94年セガ・エンタープライズ入社、海外事業を担当。97年フライシュマン・ヒラード日本オフィスを立ち上げ、代表就任。

----------

(面澤淳市=文 永井 浩=撮影)