人の多い都会では火事や事故に遭遇することも多いものです(写真はイメージです)。
火事や事故などがあると、野次馬が駆けつけるというのは、昔からよくあること。
でも、近年、不思議というか、不気味なのは、それをケータイやスマホで写真に撮って公開したり、ツイッターなどでつぶやいたりする人が多いことだ。

都内の山手線駅付近で火事があった際などは、現場を取り囲んでいた80%くらいの人が、ケータイで写真を撮っていたという話も聞いた。
単に「見たい」のでなく、画像をアップしたりつぶやいたりしたい心理って、いったい何なのだろうか。
「ゆうメンタルクリニック」総院長の、ゆうきゆう先生に聞いた。

「これは集団心理として大半の人が『自分の行動を認識していない』ままに、起こしている行動だと考えられます。そういった場面に遭遇した際、『その場で何をすべきか』というのが分からない人の方が多かったはずです」

火事や事故などの事件が起きたとき、ほとんどの人は無関係な「傍観者」であり、自分とは関係のないこととしてとらえているものだそう。
「そのため、助けを呼んだり、実際に自分が救助活動に携わったりする人は少なく、ほとんどの人がビックリしてただ見ているだけであることが多いのです」

「ただ見ている」段階では「無意識」であっても、「写真を撮ってアップする」時点で、そこにはやっぱりなんらかの意識が働いているように思うが……。
「数人がケータイで写メやつぶやきを行っているのを見ると、今度は『じゃあ自分もしよう』と周囲に合わせる形で行動してしまうものです。これは『みんながしているから』という理由ですが、最初に始めた人たちはおそらく、『コミュニケーションのきっかけ』として現場の写メやつぶやきを行っている可能性が高くなります」
これは、街で芸能人を見つけたときと同じ感覚で、「珍しい現場に遭遇した」ということを話題として提供し、コミュニケーションを図ろうとする心理なのだという。
「街で芸能人を見つけた」とか、「○○でランチした」なんて内容と同じ感覚で、「コミュニケーションのきっかけ」として火事や事故についてつぶやいていると考えると、空恐ろしい気持ちにもなる。
それをつぶやいて、いったい周りにどんな反応を期待しているのか。そういったところから始まる「コミュニケーション」って? そういうものを「人とつながる」とか言うのだとしたら、「つながり」って、ときには不気味な気もする。

ゆうき先生は、こうした集団の心理について、次のように語る。
「もし最初の数人が『そこのあなた、早く110番を!』とか『この人を移動させるのを手伝って!』といった具体的な指示をしていたら、また違った状況が生まれたのではないでしょか。なかなか難しいかも知れませんが、傍観者としてその場にいるのではなく、『全員が役割を持ってその場で協力する』といった形がとれる社会になるといいですね」

街なかで倒れている人などを見つけた場合、AEDを使用する場面が訪れることだってある。
AEDの使用法の講習会などで指導されるのは、「反応を確認」した後、「大きな声で助けを呼ぶ」ことと、協力者が来た・あるいはいる場合に「あなたは119番通報して下さい」「あなたはAEDを持ってきて下さい」と、指さしや特徴を挙げて「指名する」ということだ。
集団の中では、「自分は無関係」と思う人が多いもの。そんななかで、最初に見た人が「気づき」、「具体的な指示・呼びかけ」をすれば、わずかでも事件や事故の広がりを食い止めることはできるかもしれない。
(田幸和歌子)

■ ゆうきゆう 精神科医 著書多数
ゆうメンタルクリニック総院長【上野院】。【池袋院】。【新宿院】。【渋谷院】。静かで癒される都会のオアシスとして評判が高い