いかにまっさらに、自分をさらけ出せるか

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仕事とは? Vol.95

ミュージシャン ナオト・インティライミ

ナオト・インティライミ氏が語るタフネスとは?


■大学時代に最初のデビュー。うまくいかず、引きこもった

ワールドツアーをやるのが夢なんです。海外を意識するようになったのは、大学時代。生まれて初めての海外でニューヨークに行き、有名クラブ・アポロシアターで飛び入りで歌えることになって。ダイアナ・ロスやジャクソン5も立ったステージでしょ。「すげー!」って頭の中真っ白だったんだけど、歌い始めたら、いろいろな人種のお客さんが「Yeah!」って盛り上がってくれてね。その瞬間、体まるごとで世界と向き合っているような感覚を覚えました。

その後間もなくデビューが決まり(2001年)、目標に定めたのが「2010年にワールドツアーをやる」でした。当時はデビューさえすれば後はトントン拍子で事が進むと思っていましたからね。「10年もあれば、ワールドツアーくらいしてるだろう」というような気楽な考えだったんです。ところが、そんな甘いものじゃなかった(笑)。シングル3枚、アルバム1枚出したけど、全然売れなくて、所属事務所も解散。すべてを失った気がして、大人も信じられなかったし、自分の音楽性も信じられなくなって、半年間ほど引きこもりました。

あそこまで深く落ちたら、これ以上落ちるところはないというほど落ち込みましたね。振り返れば、それが良かった。「どん底まで行けば、後は上がっていくしかない。どう上がろう」という思いが自然に湧き出てきたから。少しずつ前向きになって、ワールドツアーの夢を再び持つようになり、「夢をかなえるためには、自分が動き出さなければ」と2003年8月から04年末まで世界一周の旅に出たんです。いつか実現するワールドツアーの下見のつもりでした。

515日間で訪れた国は28カ国。パレスチナのアラファト議長の前で歌を披露したり、コロンビアでデビューの話が出たり…。「人生って面白い」と思えるような経験をいっぱいして意気揚々と帰国し、2回目のデビューの話が舞い込みました。これでうまくいっていれば、よくあるサクセスストーリーなんですけど、そうは問屋が卸さなかった。アルバムを収録し、旅の本を出版する話ももらって「これから」という時に、また所属事務所が倒産し、デビューの話も消えてしまいました。

以前の僕なら、もう立ち直れなかったでしょう。でも、世界一周の旅で僕は「タフネス(強さ)」を培っていました。あの旅ではつらいこともいっぱいありました。体調を崩したり、だまされかけたり、外国人だからとライブハウスで門前払いにあったりね。そのたびに悔しい思いをして、「コンチクショウ!」と頑張ったからこそ、うまくいったときにはものすごくうれしかった。そういう経験を繰り返すうちに、「やるだけのことをやったなら、失敗にも絶対意味がある」と思えるようになったんです。

なんかね、無理矢理な「ポジティブシンキング」とはちょっと違うんですよ。「うまくいかねえな、人生」と笑っちゃう感じ。「この失敗の先には何があるんだろう」とハプニングを楽しむようなワクワク感もあったりして。だから、音楽活動をやめようとは思いませんでしたね。所属事務所のない野良犬状態で2年半ライブを続けましたが、趣味のサッカーを通じてMr.Childrenの桜井和寿さんと知り合ったことで風向きが変わりました。サポート・メンバーとしてツアーに誘ってもらったことをきっかけにMr.Childrenの事務所に入り、3回目のデビューにつながったんです。

「三度目の正直」で今回は武道館ライブをやったり、紅白に出演できたり…。前から応援してくれている人たちからは、「良かったね」と言われます。それはうれしいし、光栄だけど、自分の中では「ブレイクした」というような思いはまったくなくて、ようやく離陸を始めたという感覚。「ワールドツアー」も実現できていないし、高いところに行くにはまだまだこれからです。夢をかなえるにはもっと力をつけないと。

まだまだ未熟過ぎて日々悔しいけれど、だからこそ前に進もうと思える。最初のデビューの時にうまくいっていたら、こうはいかなかったんじゃないかな。当時は見栄も張っていたし、「いかに大きくなろうか」よりも「いかに大きく見せようか」をまず考えていました。そんな虚勢はすぐバレちゃうし、持たないですよね。息切れしちゃう。もっとまっさらに、いかに自分が裸になれるか、さらけ出していけるかということが、人と深くつながれる、あるいは物事が起きていくということなんですよね。


■山の頂上につながっている道は一本じゃない

ありのままの自分で歌っているから、歌うことを「仕事」だと意識することはないです。驚くほど、ない(笑)。歌うのは人とつながるためです。何かを表現することで、人と時間を、空間を共有したい。その手段として一番自分に向いていると思ったものが、僕にとってはたまたま音楽だったんでしょうね。

ただ、表現をしようとするときに、一番ふさわしい手段が音楽じゃないことだってあるんですね。文章だったり、映像だったり、別の手段の方がより伝わることもある。その時に「自分には音楽しかない」と決めつけていたら可能性は広がらないけれど、人との出会いを信じてやってみたら、意外と自分にしっくりして表現の幅が広がったりします。だから、自分に何が向いているかを自分で決めつけるのはもったいない。いろいろなヒントは他人の中にあるし、他人の鏡の中に自分が映ってくるんじゃないかなと思うんです。

「自分に何ができるか」と「自分が何をしたいか」。このふたつを自分の中でわかっておくことは、就職活動中だけでなくて、社会に出てからも大事ですよね。答えが出なくても、わかろうとすること、突き詰めることに意味があると思う。ただ、「何ができるか」と「何をしたいか」は意外と別だったりするから、厄介だったり、葛藤があったりして。昔はそれが苦しかったけれど、今は楽しい。自分に何が向いているか、どんな才能があるのか、それを冒険して探していくことを楽しんでいます。

理想とする自分だったり、幸せというものに対して進んでいく時に、のめりこみすぎて「この道しかない」と思ってしまうとつらいですよね。うまくいかないと、この世の終わりのように感じてしまう。でも、山の頂上につながっている道は一本じゃない。実は頂上に一番近い山道が谷につながっていたり、いくら歩いても下っているようにしか思えない道の先にエレベーターがあって一気に山頂に上がれるということだってあるかもしれません。

就職活動にしたって、履歴書を出して、面接を受けてというのが王道だけど、それでうまくいかなくてもあきらめる必要なんてないと思う。例えば、入社したい出版社があるなら、その会社の近くのレストランでアルバイトをして、ランチで来る社員と仲良くなれば、「うちで今、バイト探しているからやらない?」という話になるかもしれない。よく「チャンスがない」と言うけれど、チャンスというのは至るところに落ちています。思い込みを捨てて、チャンスに気づけるかどうかが大事なんじゃないかな。