消費者は特に「おいしさ・味」を重視するようである。「おいしさ・味」を高めるためにケーキの製法や鮮度管理の改善に力を入れるべきだろうか──もしあなたが経営者ならどう判断する?

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マーケティングの局面で市場情報を収集し、縮約化する。その際に必要なのは、理論と市場情報の両者の攻守が入れ替わる批判的対話であると、今回から連載を担当する神戸大学の栗木契教授は説く。

■市場情報と格闘する際の難点とは

マーケティング戦略の重要性。今日の日本でこれを認識していない企業は、もはや少数派といってよいようだ。とはいえ今でも、この認識に、マーケティング戦略の策定活動やデータ分析活動が追いついていない企業は少なくない。皆さんの会社はどうだろうか。昨年末に出版された『日本企業のマーケティング力』の中で、一橋大学准教授の山下裕子氏たちは緻密な実証分析を通じてこの問題の所在を確認している。

つまり、今の日本企業がマーケティングの局面で必要としているのは、いかに行うか(how)の高度化である。そしてそこで重要となるのが、マーケティング・インテリジェンス活動。すなわち市場情報を縮約化し、そのインテリジェンスを組織内に普及する活動である。

以下では、このマーケティング・インテリジェンス活動の前段である市場情報の縮約化によるインテリジェンス導出について、知的武装という観点から問題を考えてみたい。

市場情報を収集し、縮約化することの重要性。これについては、あらためて説明する必要はないだろう。問題はこの活動の焦点をどこに置くかである。断片的でうわさ話のような情報に振り回されることは避けたい。そこで、マーケティング担当者は、幅広く、偏りのない市場の声を集めようとする。アンケート調査はその定番ともいえるツールである。しかし、単に偏りなく顧客の声を集めればよい、というわけではないのが、市場情報と格闘する際の難しい点である。

図はある消費者アンケートの結果である。もし皆さんがスイーツ店の経営者だったら、このデータを見てどのようなアクションをとるだろうか。消費者が重視しているのは、味や価格である。やはりスイーツ店としては、パッケージデザインのような見た目よりも、味や価格などの実質的な課題に力を入れるべきだと考えたくなるのではないだろうか。

この考え方に落とし穴があるとすれば、アンケートの各項目は独立した要因だと仮定してしまっていることである。独立した要因とは、相互に無関係に消費者の購買意思決定に影響するということである。

「料理は器で決まる」という。味覚は舌の上だけの問題ではなく、見た目によっても影響される。盛りつけが料理の大切な要素だとされるのも、同じ理由である。つまり、「おいしさや味」は重要だが、それはパッケージやディスプレーのデザインによって大きく左右される問題なのである。

味わう人に「おいしい」と感じてもらうためには、パッケージデザインも吟味しなければならない。だから、全体最適を追求する経営者やマーケティング担当者は、このアンケートの結果を見て、デザインを軽視するどころか、逆に重視する。

■「木を見て森を見ない」を補正する方法

日本を代表する経営学者の加護野忠男氏は、その著書の中で、理論は研究者の専有物ではないと述べている(『組織認識論』)。現実の企業では、戦略やマーケティングは経営者や担当者の「考え」にもとづいて実行されるわけであり、この「考え」は多くの場合、いくつかの明示的あるいは暗黙的な前提をもとに論理的に組み立てられている。同氏は、この実践的な知識体系をアカデミックな理論と並び立つものとして「日常の理論」と呼んだ。

その伝でゆくと、先ほどの「料理は器で決まる」もまた、優れた日常の理論である。この理論が示す「デザインが人間の味覚におよぼす効果」に通じていれば、先ほどのアンケートの読み方は確実に変わる。理論に学べば、「木を見て森を見ない」の愚が補正できるのである。

理論の大切さは、研究者の世界だけではなく、日常の世界にも通じる。では、理論とは何なのだろうか。端的に述べれば、理論とは、広く再現性のある因果関係をとらえた命題のことである。たとえばマーケティングには「4P」という概念がある。この概念は、企業のマーケティング活動を、「製品」「価格」「流通」「プロモーション」と分析的に把握するのに有用であり、世界中のマーケティングの教科書に必ずといっていいほど取りあげられる。しかし、それだけなのであれば、4Pを理論と呼ぶのはためらわれる。なぜなら、そこに何らかの因果関係がとらえられているわけではないからである。

だがもう一歩踏み込めば、4Pをベースに理論構築を試みることも可能である。「この4つの活動に戦略的に取り組むことで、事業の成長性や収益性などの成果が高まる」。この主張であれば、より理論的だといえる。「4Pの戦略性→事業成果」という、因果関係が考えられているからである。しかし、これでもまだ不十分だ。単に因果関係を主張するだけでは、「それは説であって、理論ではない」と言われてしまうかもしれない。理論にはもう1つの条件がある。主張する因果関係の再現性が、広く確認されなければならない。つまり、先ほどの主張であれば、4Pに戦略的に取り組む事業の成長性や収益性は高いという因果関係が、多くの企業、さらには異なる国や産業で繰り返し目撃され、検証される必要があるのである。

■コモディティ化を脱するためには何が必要か

さて、皆さんの目の前にある現実は、この因果関係を支持しているだろうか。先述した山下氏たちは、多くの日本企業を対象とした実証研究を行い、この因果関係を支持する結果を提示している。

マーケティング・インテリジェンス活動の高度化には、理論が欠かせない。理論に通じていれば、市場情報を表面的に眺めるだけでは見逃しやすい関係をつかむことができる。

理論とは、明確に定式化された因果関係を広く検証し、その再現性が確認されてきた命題である。アカデミックな世界で研究者たちが、調査や実験を通じて何度も検証してきた理論。あるいはマーケティングの教科書に採択され、世界中のビジネススクールの教室で、その切れ味を繰り返し試されてきた理。こうした理論をマーケティングの実務家たちが学ぶことは、きわめて実践的な行為なのである。

とはいえ、マーケティングに関わる実務家や研究者は、常に物事の二面性に気をつけなければならない。本稿では、市場情報を鵜呑みにすることの危険性を説いてきた。実は同時に、理論に頼り切ることもまた事業活動を阻害する。特に理論というものには、その再現性、そして広く知られている安心感から、「これに従っておけば大丈夫」と、人を思い込ませてしまいやすい魔性が備わっている点には注意が必要である。

コモディティ化は、デフレが進む今の日本で、多くのマーケティング担当者が頭を悩ましている問題である。すなわち、日本企業の多くが、類似の製品やサービスが数多く存在する中で、価格に訴える競争から脱することができず、利益水準が低下していくという問題に直面している。このコモディティ化から抜け出すには、企業はまず自社の製品やサービスの差別化を行わなければならない(恩蔵直人著『コモディティ化市場のマーケティング論理』)。独自性のない製品やサービスでは、どれだけプロモーションや営業に力を入れても、結局は競合他社の商品と価格で比較されてしまうことになるからである。

では、この差別化の実現という課題に企業が取り組むときに、理論だけに頼っていてよいものだろうか。答えは明らかにノーである。理論は優れたものであるほど、広く知られている。つまり、競合他社も同じことを知っている。そして理論は、優れたものであるほど、普遍的な再現性を持つ。つまり、自社の独自のパフォーマンスを保証するものではなく、競合他社のパフォーマンスも保証する。

たしかに、マーケティング、そして差別化の実践にあたっては、理論を知らなければ明らかに不利となる。とはいえ、これは理論とは失敗をしないためのツールだということであって、成功を保証するツールだということではないことに注意しなければならない。お気づきだろうか。理論だけでは駄目。市場情報だけでも駄目。必要なのは、両者の攻守が入れ替わる批判的対話を継続し、常に思考の閉塞性を突破していくことである。

セブン−イレブンの鈴木敏文氏しかり、サイゼリヤの正垣泰彦氏しかり、スーパーホテルの山本梁介氏しかり。元気のない日本で元気なマーケティング企業のリーダーは、理論的支柱を持ちつつ、市場情報との対話を絶やさない。マーケティング・インテリジェンスの高度化の鍵は、怠惰な思考を許さないことなのだ。

(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契=文 図版作成=平良 徹 写真=PANA)