取材・文: 合六美和  写真: 三宅英正  英語翻訳: Oilman  取材協力: B bar Roppongi

 

コンデナスト・パブリケーションズ・ジャパンの代表取締役を務めながら、『VOGUE NIPPON』(現『VOGUE JAPAN』)と『GQ JAPAN』の編集長も兼務していた斎藤和弘氏が、突然同社を退社する旨を公表して業界を騒がせたのは、いまからおよそ3年前のことだ。退社後は「毎日が夏休み」と話す斎藤氏だが、抜群のビジネス感覚を備えた稀有な編集者の才能を周囲が放っておくわけもなく、現在も新旧複数のメディアからの招聘に応じながら、編集者やアドバイザーとしての活動を続けている。

バブル崩壊後に低迷していた『BRUTUS』を一気に黒字媒体へと転換させ、さらに兄弟誌『Casa BRUTUS』の創刊で時代の波をいち早く先取りし、『VOGUE NIPPON』では広告主導のラグジュアリーなメディアとしての地位を確立させるなど、雑誌業界において常に頭ひとつ抜けた存在であり続けた斎藤和弘氏に、ここでは改めて「雑誌とは何か?」という話から聞いていこうと思う。続けて、「ラグジュアリーブランドは今後どこへ向かうのか?」「ファッション写真は本当に終焉したのか?」というふたつのトピックスをもとに敢行したインタビューを、全4回にわけてお送りする。

 

(第1回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  雑誌と新書とウェブ。いまストーリーはどこに流れているか?
(第2回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  ラグジュアリーの条件。ブランドはどこに成立するのか?
(第3回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  ゲイと女子。ファッション写真は本当に終焉したのか?
(第4回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 / 「はっきり」と「ぼんやり」。いま面白い写真とは?

 

 - 雑誌編集者としての斎藤さんに、改めて「雑誌とは何か?」という話からお伺いしたいと思います。以前どこかで、雑誌の特性は「ストーリー」にある、という趣旨の話をなさっていたことが記憶に残っていますが、斎藤さんがおっしゃるところのストーリーは、たとえば現場で編集部員が日々考えている具体的なコンテンツとしてのストーリーとは違うものですよね?

違いなんてないですよ。ただ、それがファクトの羅列になるのならば、情報としてデジタルには敵わないので、そんなことはやめたほうがいい。いっている意味はそういうことです。別にデジタルを意識してストーリーの話をしたわけではないのですが、気がつけばいまウェブの世界にはデジタルの膨大なファクトの集積ができている。そこに雑誌との違いがあるとしたら、最大の違いはストーリーがあるかないかということでしょう。その場合のストーリーとは、起承転結であり、物語性みたいなことです。雑誌は基本、編集者がそれぞれにストーリーを考えて作っていけばいい。

 

- いまの雑誌はストーリーを紡いでいるでしょうか?

最近、というかもともと雑誌は見ないのですが、いまってね、何かこれはとぶち当たることがない。クリエイションは不在の時代だし、あるいは不在にするしかないのかもしれないし。わからないです。不思議ないい方をしますが、紙の媒体でいくと、いまは雑誌より新書のほうが圧倒的に雑誌っぽい。なぜかというと、そこにストーリーと驚きがあるからです。新書は200ページくらいある中で、どういう物語を紡ぐかというのが確実にある。そこでヴィジュアル的なものは成立しませんが、考え方としては雑誌と似ているなと思います。1冊1冊がまさに雑誌の特集ですよね、そしてそのジャンルがやけに広い。文字だけで成立しているから、あらゆるところが可能になっている。いまは1ヵ月に10冊近くの新書を出す出版社がたくさんあるので、毎月200〜300冊くらいは出ているのではないでしょうか。

 



- 新書で「驚き」を感じるポイントはどこですか?

エンターテイメントであるということです。根本的に、雑誌ってエンターテイメントですから。人の持っている価値観を揺るがすという意味では、いまは雑誌よりも新書のほうが圧倒的にそうであるという話。おそらく優秀な編集者がそこにいるのでしょうね。人を探そう、書き手を捜そうとか、そういうことに関しても、優秀な人が多いのだと思います。

 

- さきほどの話で挙がったデジタルに関して、いまは個人ブログやSNS、ニュースサイトなどがどんどん拡大していますが、雑誌からウェブへとシフトする動きはどうご覧になっていますか?

ウェブは間違いなく大きくはなります。ただし、雑誌とはまったくの別ジャンルです。テレビと雑誌は比べないでしょう?でもみなさんなぜか、雑誌とウェブは比べたがるんですよね。おそらくスチール写真とテキストという極めて似た構造になっているからだと思いますが、そこはやっぱり別物なので。別物を比べるのは意味がないと思います。

 

- では、ウェブ単体の評価軸で見る場合はどうでしょう。情報伝達の早さだったり、個人発信ができることなどについては?

まったく興味がないです。良かったなと思うのは、アナログなまま終われる私の人生。仕事的にはデジタルをやらなくてもすむ世代でいることは、本当に良かったと思っています。雑誌がなくなるということは絶対にないですから。いまこうしてプー太郎をしている間にも、雑誌を作ってくださいっていう話がきますしね。そうするとけっこう楽しみながら作れますよ。

 

2/2ページ: 「斎藤さんは今後、ご自身で新しいメディアを作りたいとか、そんな思いはありますか?」

 

 

- 編集者として現在関わっていらっしゃるプロジェクトなどはありますか?

最近、JP(日本郵便)のプロモーション用の雑誌を作りました。JPタワー(の商業施設「KITTE」)がオープンする前の3月15日に発売になりました。一応雑誌と銘打っていますけど、見た目は雑誌というよりはプロダクトかもしれない。300ページ前後で980円。全ページが絵葉書になっているんです。絵葉書をくっつけたのではないですよ、ちゃんとストーリーが流れるんです。で、切り取ると絵葉書になっていくというやり方。たぶん世界初です。ショップのガイドにもなっていますが、やっぱりただのガイドではない。たとえばJTBのページには、みうらじゅんさんと安齋肇さんの2人が日本中を観光して歩くという絵葉書がいっぱいあります。かなり笑えます。

 

- アイデアがすごいですね。斎藤さんは今後、ご自身で新しいメディアを作りたいとか、そんな思いはありますか?

全然ないです。

 

- もし自由に作れる場所があったら?

昔から夢はひとつあるのですけど、それはお金がかかるし。もし失敗したら大負債を抱えるからたぶんやりません。

 

- ではお金がたくさんあったら?

写真週刊誌です。週刊誌ということは、年間50冊。つまり50人のフォトグラファーです。ただしフォトグラファーが先に立つのではないですよ、テーマが先にあるんです。たとえば「昆虫」でいいんです。栗林慧さんという、すごく面白い昆虫カメラマンがいるのですが、この人の100ページでいい。それを世界5〜10都市で同時発売します。




- スケールが一気に広がりましたね。となると実質的には週1ペースでフォトグラファーをブッキングしていくわけですか?

いや、ストックはみなさん持っているんですよ。アマチュアまで含めれば、世界中にいったい何万、何十万人のフォトグラファーがいると思いますか?彼らはみな、それぞれテーマを持って撮影しています。鉄ちゃんだけを見てみても、たとえば京浜急行だけを撮っているとか、いまとなっては相当細分化されていますからね。ここで問題となるのは、それが面白いかどうかです。つまりやり方としては、世界中から毎年50種類の面白いものを集めてくれば良いということです。あとはアートディレクターだけちゃんとしていれば、週刊誌として成立してくるでしょう。そうすると何が良いかって、たぶん毎週20万部くらいは出るだろうから、ひとつのテーマのフォトグラファーにギャラを1000万円くらい渡すことができる。ある日突然、それまで撮り貯めていた写真で1000万のギャラが入るんです。その人はそれで暮らしていけるようになるかもしれないし、っていう。これが夢です。

 

- 斎藤さんの口から聞くと、実現しそうな気がしてしまいます。

ムービーではなく写真でやるというところが重要です。毎週何が出てくるかわからないって、面白いでしょう。『YouTube』にアップしました、では意味がないんです。いくらネット社会だとはいえ、私たちには見たことのない写真というのが世界にはいっぱいあるんですよ。

 

- ちょっと視野を広げるだけで、世の中面白い人だらけですからね。

本当にそうなんです。世の中面白い人だらけなんです。また鉄ちゃんの話になりますが、かつて蒸気機関車が走っていた時代にプロでやっていた第一人者の写真を見ていたらね、たとえば「函館本線D51機関車、2連結で雪の中を逆走する」とか、とんでもない写真がいっぱいあるんですよ。そういう写真は年末になるとカレンダー用に異常な数がストック写真として出ていくから、彼はすごい別荘を持っていました。写真は可能性がありますよ。

 

- 写真は昔から変わっていないということですか?

変わってない。そこが写真の面白いところです。1850年代に写真というものが成立して、そこから撮られている写真といまの写真の違いといえば、いまは電気工学ですが、昔は化学工学だったということくらいです。写り方というのは、基本的に変わっていない。たとえばポートレートを撮る場合でも、人がカメラの前に立つとどうしてみんなこうなっちゃうの?と思うくらい、人の顔も動き方も昔から一緒です。

19世紀の半ばに、近代写真のもとを作ったナダールという人がフランスにいまして。その写真館がパリにありました。いまでいうなら東條会館とか銀座の有賀写真館みたいな感じかな。当時において、そこはフランス最高の社交場です。写真を撮ってもらうというのは、ある種のステータスだったのですね。だからその写真館には、あらゆる人たちが集まっていました。そこには徳川慶喜の弟である昭武とその随行員一同の写真も残されています。全員が時代劇のような衣装、というかそれこそ本物なわけですが、その格好でひとりずつポーズをきめて写真を撮られている。いまでいうならば、市川海老蔵が衣装を着てポーズをきめているのと、まさに同じような格好です。それが本当にその時代にあったのだとわかります。面白いでしょう。

 

(第1回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  雑誌と新書とウェブ。いまストーリーはどこに流れているか?
(第2回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  ラグジュアリーの条件。ブランドはどこに成立するのか?
(第3回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  ゲイと女子。ファッション写真は本当に終焉したのか?
(第4回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 / 「はっきり」と「ぼんやり」。いま面白い写真とは?

 

 

Kazuhiro Saito斎藤和弘 (さいとう・かずひろ)
1955年山形県山形市生まれ。78年東京大学卒業後、雑誌『太陽』(平凡社)の編集者としてキャリアをスタート。81年平凡出版(現マガジンハウス)に入社し、『平凡パンチ』『BRUTUS』『POPEYE』の編集部に勤務。96年『BRUTUS』編集長に就任。98年兄弟誌『Casa BRUTUS』を創刊し、編集長を兼務。2001年コンデナスト・パブリケーションズ・ジャパンの代表取締役社長に就任。『VOGUE NIPPON』(現『VOGUE JAPAN』)『GQ JAPAN』の編集長も兼務する。09年末に退社。現在はトキドキ編集者、タマタマ大学教授。