■「統計」データを手押し車で運ぶ!?

イギリスのテレビ放送局BBCの『裸のシェフ』で話題となり、世界的にも有名になったジェイミー・オリバーは、日本でも銀座のレストランとコラボレートするなど人気が高い。料理の材料をビニール袋に入れて叩き割ったり、パン生地をこねるのに壁に向かって投げつけるなどのパフォーマンスは、料理番組には画期的なものだった。料理の腕もさるものながら、料理プロセスの見せ方をはじめ、話し手としてもプレゼンテーション巧者でもあることをご存知だろうか?

彼が、プレゼンカンファレンス「TED」に登壇し、「食育」をテーマに語ったときのこと。人がいかに砂糖を摂りすぎるかを提示する手法にインパクトがあったのでご紹介しよう。

アメリカの子供たちが、牛乳を飲みやすくするために糖類を加えた“加工牛乳”から摂取する砂糖の量を見せるために、1日でスプーン8杯分、1週間ではシャベルひとすくいの角砂糖をステージの上に撒いてみせ、5年間では……工事用の手押し車にいっぱいの角砂糖をばら撒いたのだ。

「これが統計です」と、見せられた砂糖の量は衝撃的だ。

「統計」といえば数値データが前提だが、人に見せるときには数値だけである必要はなく、またグラフである必然もない。「すごい砂糖の量で、○○キロにもなる!」と数字で伝えた場合、その“すごさ”の印象は聞き手により幅があり、なんとなく「このくらいか」と感じられるだけかもしれない。けれども、その量を具体的な「絵」として見せたり、聞き手の脳裏にイメージが浮かぶ工夫をすることで、こちらの意図通りのインパクトを与えうるのだ。

■「絵」を組み合わせて、記憶強度アップ

心理学者のアラン・パイヴィオ博士は、「画像のほうが言語よりも記憶成績がよく、数字も言葉も「絵」として示すことで、聴衆にインパクトを与える」(*1)としている。

もちろん実際に「絵」である必要はなく、具体的に「絵」が浮かぶような言葉にするだけでも、印象は強くなる。

人の学習効果は視覚が約80パーセント、聴覚が約10パーセント、と、圧倒的に視覚のほうが高いとされ、短期記憶の視聴覚実験(*2)でも、パネルに書かれた項目を視覚提示したほうが、聴覚に訴えるよりも記憶成績がいいとの結果がみられる。

「記憶は言語性とイメージ性のどちらか(あるいは両方)として存在する。具体的なコンセプトは絵として残り、両システムによってエンコードされるが、抽象的なコンセプトは言語上のみでエンコードされる」(A・パイヴィオ)

つまり、言葉と絵を組み合わせる、あるいは具体的に絵が浮かぶ表現を使うことで、その伝わる効果は格段に高まるというわけだ。

これを私たちが仕事上やり取りする数字の説明に応用してみよう。

■まずはビジュアルを優先し、細部は後回しに

たとえば、「500万個を販売し、売上高で業界トップ5に入るという実績をあげた製品」を顧客にアピールしたい場合、資料には「500万個」「業界トップ5」と目立つ数字だけを大きく掲げて、その数値の意味については口頭で説明しよう。これによって「500万個」あるいは「業界トップ5」という実績が、絵として記憶に残りやすくなるのだ。

小さな部品の売れ行きの好調さを示したいなら、まずは実物を見せた上で、「販売実績を積み重ねると、東京タワーの高さに!」のように視覚化してみせる。“小さなサイズ”と“販売数の大きさ”の差異で、よりインパクトを持つだろう。

出荷量「何万トン」よりも「目の前にあるビル3個分!」など、より数値が大きく見えるような工夫は他にもいろいろとあるだろう。大事なのは、聞き手がイメージしやすい“絵”として視覚に訴えかけるほどインパクトが強まり、瞬時に理解され、記憶されやすくなるという点だ。

数字が主体の資料でも、グラフなどによりできるだけビジュアル化を試みよう。細かな数字や文字を書きこんだ資料を“伝える”その場で広げると、わざわざ自分の話から注意をそらす材料を与えているようなものである。詳細な資料が必要なら、“伝えたあと”に渡すほうが望ましい。

大切な顧客など、人と直接向き合い、アピールできるせっかくのチャンスだ。ほんの少しの工夫をすることで、より印象的な機会を演出し、一層の成果につなげたい。

参考資料:
*TED  Jamie Oliver Presentation (http://www.ted.com/talks/jamie_oliver.html)
(*1) Paivio,A. [1971[] Imagery and verbal processes. New York: Holt, Rinehart & Winston.
(*2) 高宮徹、井上裕美子 「視覚および聴覚を用いた課題提示が短期記憶に及ぼす影響」(大阪工業大学)
According to dual-coding theory by Allan Paivio (1971, 1986), memory exists either (or both) verbally or “imagenally ”. Concrete concepts presented as pictures are encoded into both systems; however, abstract concepts are recorded only verbally.

(上野陽子=文)