アベノミクス効果で急速に株高が進んでいるが、これまで低迷を続けてきた株式市場がここまで“劇的な反応”を見せたのはなぜか。かつて米証券会社ソロモン・ブラザーズの高収益部門の一員として活躍し、巨額の報酬を得て退社した、赤城盾氏が解説する。

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 昨年末に衆議院が解散されて以来、いわゆるアベノミクスに対する期待から急速な円安と株高が進行した。多くの人が指摘する通り、その背景には、堅調なアメリカ経済に加えて、中国の景気の後退が底を打ち、ヨーロッパの金融危機が収束したというグローバルな金融環境の改善があった。安倍政権は登場のタイミングに大いに恵まれた。

 しかし、民主党政権が続いていたならば、同じ好環境の下であっても、これほど急激な株価の上昇は見られなかったであろう。

 安倍晋三首相は選挙期間中から日銀法の改正をちらつかせてデフレ脱却への協力を迫り、白川方明日銀前総裁はしぶしぶながらも1月の金融政策決定会合で2パーセントのインフレ目標を掲げるに至った。その過程が報道されるたびに、円が売られ株価は跳ね上がった。市場の劇的な反応は、ことの成り行きに対する驚愕の表われである。

 それもそのはず、日本の株式市場は、1990年代初頭のバブル崩壊以降、20年の長きにわたって、日銀に裏切られ続けてきた。その間、ITバブルや新興市場バブルに沸いたこともあったが、ここ数年の日経平均株価の定位置は、1989年末の史上最高値3万8915円のざっと4分の1の水準に過ぎない。ちなみに、1989年末に2753ドルであった米国のダウ平均株価は、幾度もの危機をことごとく克服し、現在ほぼ5倍に値上がりしている。

 何が、日本株の長期低迷をもたらしたのか? 様々な学者が様々な理屈をこねるが、現実に日本株を売買するプロの投資家は、最大の要因は恒常的に物価が下落するデフレが続いたことであり、その元凶は頑なにインフレ警戒を解かない日銀の金融政策にあったと認識している。

 しかし、大衆にとっては、デフレは難しすぎてよく分からない問題である。マスメディアも敬遠するから、日銀は、政治家や官僚のような批判の対象にはなりにくい。ために、国民経済に計り知れない損失を与えてきたかもしれないのに、金融政策に関する日銀の権威は微塵も揺るがなかった。

 FRB(米連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長が、ついでECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁が、無期限の金融緩和を宣言してデフレ阻止のお手本を示したが、白川総裁は頑として倣おうとはしなかった。もはや、日銀の唯我独尊は永遠不滅のものかと思われた。

 そこに、突如、安倍総裁の率いる自民党が現われて、選挙の争点に金融政策を掲げて日銀に戦いを挑み、堂々インフレターゲットを勝ち取ったものだから、株価はお祭り騒ぎで上昇したのである。

※マネーポスト2013年春号